~ 天空の抱擁 ~ Celestial Embrace

人は誰でも心のあるがままで天に抱擁されている…
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【好奇心という ラベル】

もっと知りたい、わかりたい、という

ピュアな子供の好奇心で前に進む心地よさの経験が、

いつのまにか、【わからない】ことに

注意を向ける癖に取って代わっていることがある。


そうすると、いつのまにか、楽しさ、心地よさは、

苦痛に変わってしまう。


もっと知りたい、わかりたい、は

知らなきゃだめ、わからなきゃだめ、に代わり、

わかった!出来た!と感じないように

常にダメ出しを自分にしてしまう。.

そして、受け取った喜びを味わう間も無く、

次へ、次へ、と借りたてる。


「今ここ」でくつろぐことからどんどん遠ざかる。


そしてギフトだったはずの好奇心というラベルを貼った、

自分へのダメ出し、追いたて、となって、

ある日疲れ果ててしまう。



夕日が沈むまでずっと見ていた時、

アリが巣を作るのを、飽きることなく観察していた時、

雲が流れるのをいつまでも見ていた時、

年上の女性が化粧をする様に見とれていた時、

流れ星を待って夜空を見上げていた時。


好奇心は、「わからない」方へ、わからない方へと

駆り立てるということではない。


時に、真に面白いと思ったことに魅了され、

立ち尽くし、ぽかんと口をただ開けて見入ってしまう。


目の前にあるもの、すでに出会ったもの、

知っているものを慈しみ、味わい、

違う角度から愛でたり、愛してみたりする。


そこにある喜びを完全に味わいつくすことを許す余裕を、

好奇心として感じてみる。


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【自分の真の望みがわからない】

そりゃあ、すべての感覚を、「すべき」ことや、
何が「いい」のか、何が「正しい」のか、
何が「有利」なのか、何が「無難」なのか、の
思考と分析で遮断して生きてきたんだもの。

急に「本当にしたいことは?望みは?」とか聞かれても
出てくるわけがないよ~

何々がしたい!っていうインナーチャイルドは、
そりゃあどこかの時点で出てくるかもしれないけれど
そのほかのチャイルドたち、それ以外の自分のかけらたちは
常に「すべきことへの修正」を狙ってるわけで。

さんざん、本当に、さんざん、
すべきことだらけで、誰かの反応を気にして、恐れて、
不安を隠して、傷を隠して、何が正しいか、合ってるか、という、
今の私からしたら、当たり前にもっとも苦手なはずのことに
全力を使い果たして、常に疲労困憊でぐったりしていた私が
身をもって実感していること。

自分の全部が、「そのままでいい」って、
何もしなくていい、すべきことはなし、って
他の人に、ではなく、自分が自分に言ってもらわなければ、
言ってもらうだけでなく、本当にそれを信じることができて
自分が自分の中で、ぼけーーっと、どえーーーーっと、
だらーーーーっと、ほえーーーとして
誰も裁かない気持ちよさとくつろぎを味わわなければ
安心なんてできないよね。

きっかけは、他の誰かや何かとの出会いかもしれなくても
最後のところで、どーんでーん返しーーをしなくては、と
かちかちになっているチャイルドも、
ふよふよ~~になりきることができるのは、
自分自身に、本当に、それでオッケー、をもらえた時だよね。

だから、使い古された言葉だけど、
「ありのままでいい」「そのままでいい」を、
自分に必要なだけ味わわえば、
ほんとにしたいこと、ほんとに望んでること、が
出てくる。

そして、それは、自分の「思い通り」の内容じゃないかも
しれないんだ。
自分の「予想」や「期待」とは違うこと、
そして、思っているよりも、ずっと小さいと感じることかも
しれないし、ずっと大きいと感じることかもしれない。

その自分に驚かせてもらうの。
悦びは、驚きを伴ってもいいんだよ。

驚きが悦びに変わる。人生は素敵。

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よみがえった七五三の着物

何度かこのブログでも書いている、
インナーチャイルドセラピーの「卒業式」セッション。

セラピーに「区切り」をつけるという意味でもあり、
お客様ご本人が自分のインナーチャイルド達とお祝いをする、
という意味でもあり、その他色々なその人だけの大事な儀式
としての意味があるセッションです。

インナーチャイルドとの「お付き合い」自体に終わりはないので
チャイルドとさよならをするわけではないですし、
これが終わったら、もうセラピーに来てはいけないとか
卒業するのに何か資格がいるとか、逆に卒業したら資格が
もらえる、とかいうものでもありません。

それまでの自分との向き合いのプロセスに
自分で一区切りつける、自分の内なる子供達と
それを喜べる、お祝いできる、素敵な儀式。

いつも、間違いなく「世界でもっとも尊い儀式の一つ」と
私が感じる、自分を大切にする宣言のような儀式です。


久しぶりの卒業セッションのその日。

ご本人からは、「準備が結構大変だ」とか
「ケーキとシャンパンでお祝いをしたいので
食器類だけ申し訳ないのですが用意して下さい」などの
連絡を頂いていたのですが、卒業式に何を
計画していらっしゃるのか、具体的なことは秘密のままでした。

卒業セッションでは、何もしなくてもいいし、
ただ振り返りのセッションでもいいし、
何かを「披露」したり「プレゼント」したり、自分で
記念になるようなお祝いの仕方を選択することもできます。

洗練された美意識をお持ちの彼女なので
何か素敵なことを企画していらっしゃるのだろうな、と
私もドキドキワクワク、その日を迎えました。

いつものように先にセッションルームに入って待って頂いていて、
お茶を持って、ドアを開いた時、
私は、まったく予想外の姿がそこにあったので、
驚きで思わず声を出していました。

「うわー!」

そこには、美しい着物姿の彼女がいたのです。

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そもそもお着物でいらっしゃるお客様もそういませんが、
どちらかといえば、洋装のイメージが強かった彼女、
セッションを通して出てきた色々なイメージも、
洋風のものが多かったので、本当に意外な姿だったのです。

髪も、一目見て、「綺麗!」と叫びたくなるほど
美しく結ってあって、美容院に行っていらしたのだと
すぐにわかりました。

そして彼女が見せてくれた、少女時代の写真。

七五三の着物を着ています。

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ああ。この女の子のために、子供時代の自分を大切に想って
お着物をお召しになったのですね~という感じの
リアクションをした私に、

「よくその着物見てみて下さい♪」

言われて、じっと写真を見て、
それから彼女のお着物を見て・・・・

「あっ!」

「ホラ、同じ着物なんですよ♪」


一瞬、意味がわかりませんでした。

確かに、よく見ると、まったく同じお着物なのです。

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七五三の小さな女の子の着ている着物と、
今の大人の彼女が着ている着物が
まったく同じ……???

「え…?」という顔をする私に、説明して下さいました。


当時は、大人になっても仕立て直して着れるような
お着物をプレゼントする習慣があって、
実際に大人になってから、おばあちゃまから、
仕立て直したお着物がプレゼントされていたそうです。

おりしもちょうど七五三の季節、というタイミング。

インナーチャイルドセラピー卒業セッションで、
子供達とのお祝いに何をしよう、と思った時に、
そうだ、あの着物を着よう、と思ったのだと。

お着物がお好きな方は想像がつくと思うのですが、
すでに着物はあるとはいえ、ぴったり合う帯や様々な小物を
揃えるのは結構大変なことで、お金もかかったそうです。

そして、このお着物自体も、今後、恐らくそうそう
着る機会はないであろう着物だと。


それなのに。

それでも。

これをすることに、大きな大きな意味を見出したからこそ、
実現されたわけです。


初めてセラピーにいらした頃は、
幼い時のことは、ほとんど覚えていないし、
思い出したくもない、というようなことをおっしゃっていた
彼女。

段々とプロセスが進むにつれて、
ご自分から、両手を大きく広げて
チャイルドを迎えにいくかのようなセッションになり、
ご自分ではそんなに意識されていなかったかと思うのですが、
お会いするたびにお顔の表情も柔らかくなり、
ご自分に対する厳しさも少しずつ緩み、
優しい柔和な、それでいて、ご自分の「好み」や
好きなこと嫌いなことがはっきりしている、個性的で
ご自分のセンスに合った「美しい」ものへのこだわりを
持った、ますます魅力的な明るさが増していかれました。

途中で、「セラピーって自分でそろそろ【卒業】だとわかる時が
来るのですか?」とお聞きになったことがあるのですが、
私の提供するインナーチャイルドセラピーでは、
受けてらっしゃる方が、ある日、「あ、卒業できる」と
感じられるし、そういう時は大抵私もそう感じていて、
それを一緒にお話しながら決めていくのですよ、
と答えると、不思議そうな顔で、
「私にもそんな日が来るのでしょうか?」と
おっしゃっていたのが印象的でした。

別にしなくてはいけないものではないので、
「卒業式」としてはやらない、という選択をされる人達も多い中、
あえてやろう、と決意される方達には、それぞれにとっての
深い意味があります。

彼女が、どれだけ、この卒業セッションに、
エネルギーと想いと愛を注いだか。

世界中の誰に見せるわけでもない、
ご自分のための、自分とチャイルド達のための
晴れの機会のために、
どれだけ時間を費やして準備をされたか。

それを思うだけでも、今でも胸が震えて涙が出てきます。

自分と自分のために交わす約束。儀式。ねぎらい。
感謝の表現。 そして、チャイルド(達)に向かって、

「貴女(達)は、私にとって大切な存在です。
特別な存在です。これからも大事にしていきます。」と、
全身全霊で表現することの意義。

内なるチャイルド達を大切にする、尊重する、ということは
自分自身のあらゆる部分、弱い部分もすべて、
受容し大切にする、という宣言に他なりません。


彼女は、この素敵な七五三のお着物を着て
街を歩き、セッションルームにいらっしゃり、
子供達とのお祝いのために、特別なとびっきり可愛らしい、
イチゴの形のケーキを買ってきて、(私もおすそ分けして頂き♪)
ノンアルコールのキティちゃんのシャンペンで乾杯しました。

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それだけでも、なんだか愛しい想いで涙が出てきますが、
その上、これまでセッションを通じて登場してきた、
おなじみのチャイルド達1人1人に向けて、【お手紙】を書き
その1人1人からの「お返事」を、可愛らしいノートに
したためて、それを泣きながら読み上げて下さったのです。

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ちょうどその色合いが、私が卒業祝いにと用意していた、
ささやかなプレゼントの箱とマッチしていたのも
なんだかとても嬉しくて可愛いシンクロでした。

なんという想いのこもった、丁寧な式でしょう。

何度も言いますが、自分が自分のためにする、
これ以上尊い【儀式】はありません。

様々な事情、理由、魂の計画などにより、
時の中で凍り付いていたり、かくれんぼしたままに
なっていたチャイルド達にアクセスして受けとめて
言い分を聞き、そのギフトを認めて受け取って
お祝いする……

どんなにか、チャイルド達は嬉しいことでしょう。

どんなに、七五三の着物姿の女の子は喜んでいることか。

どんなに大人になった美しく愛に溢れている自分のことを
誇らしく思っていることでしょう。


色々なセラピーの在り方がありますが、
あくまでも、クライアントさんがご自身で決めていかれる
ペースと内容で進めているこのインナーチャイルドセラピーを
提供させて頂いていることで、何よりも私自身がたくさん癒され
受け取らせて頂いているのです。
本当に光栄なことです。

Kさん、セラピーの日々も愛しい日々でしたね。
大切な、大切な、儀式に立ち会わせて頂き、
本当に本当に ありがとうございました。


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無邪気なインナーチャイルド

ここのところ、いや、結構前から、気になっていたことの一つに、
色んなワークの場などで、

「インナーチャイルドをもう癒し終わった」とか、
「インナーチャイルドを解放したから」とか、
もっとひどい(?)と、
「インナーチャイルドを浄化(?)した」とか
「インナーチャイルドを天に返した(?!)」とか、
「インナーチャイルドはもう手放せた」とか・・・??


きっと、これを読んで、「え?それの何がおかしいの?」と
思った方達も少なからずいらっしゃることでしょう…

はてさて。
これは、何か日本特有の傾向なのかもしれないし、
そういう風に定着していくものなのなら、それはそれで
いいのでしょうけれど、インナーチャイルドセラピーを
メインに行っているものとしては、ちょっとびっくり。

えっと、とりあえず、

インナーチャイルド=癒すべき存在?とかじゃないし、
インナーチャイルドは、浄化したり天に返したり、手放したり
さよならしたりするものではなーーーーい
(ちょっと苦笑)

インナーチャイルド=(イコール)傷ついている、のではないし、
インナーチャイルド=(イコール)邪魔する存在、ではなし、
インナーチャイルドは、やっかい払いするようなものではない~~

もともとのインナーチャイルドは、そのまま
自分の中に実在する、内なる子供、自然そのものの
人格とされるけど、いつのまにか、イコール「ネガティブ」
なことになってしまっていないか、インチャイセラピーを
やったことがある人達も、もう一度、感じてみて欲しいのです。

本来のインナーチャイルドは、自分の中の核の部分、
芯の部分、真の部分であり、無邪気で傷ついていなくて
自由で、それでいて、自分らしい特徴的な何かのギフトや
パーソナリティや、好きなことがある存在で、
ある見方をすれば、純粋な魂そのもの。

もともとの自分の姿。

それをインナーチャイルドと言っているのであって、
それを再び取り戻すために、インナーチャイルド(達)と
向き合って、ロールプレイングゲームみたいに、お姫様を
探しに行くのだぁ~!と、セラピーをやっているわけです。

そして、一緒に生きていくんです。

ていうか、「その子(達)」を生きていくんです。

自然な自分でいられるように…
自分らしく生きる…
自分の特徴を知って、それを開花させていくプロセスです。
(勿論、そのシンプルなことがなかなかできないのが、
「大人」な私達なわけですが。)


子供の自分を受け入れていると、ちょっとはめをはずしたり、
自由な自分でいられたり、人から見てどうか、ということが
気にならなくなったり、自分の好きなものを好き、と
言える、とか、自分の感覚や感性を大事にする「大人」が
「誕生」する…そういうことになっていく、わけです。

なので、インチャイセラピーイコールつらいプロセスで
ある必要はないし、むしろ感動的な発見の連続など
素晴らしいこと、嬉しいことなどもたくさんあるのです。

かといって、ネガティブを見ないようにする、とうのとは
勿論違いますが…。

・・・という基本的なことを、セッション中に
確認する場面が 最近、何度かありました。

そんなこんながあって、今日のセッションでは、
色んなインナーチャイルドの声を聴く大切さを
よ~く理解なさっているお客様が、更にまた
新たな小さいインチャイちゃんの声を受けとめた
後に、ひかれたカードは…

「無邪気な座敷わらし」。

最近うちのセッションルームでも人気の、
「日本の神託カード」からです。


「ねえねえ、一緒に遊ぼうよ!
おもしろいことないかな。
いつもと同じじゃつまらない。
おいでよおいでよ、さあこっちむいて!
贈り物をあげる。」

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「今、無邪気さが活性化していないと感じる人は、
まず『こうすればああなる』といった論理的な思考を
ちょっと忘れましょう。

それから、今までに繰り返しているパターンを見直します。
同じことの繰り返しは退屈です。
条件付けから自由になって、びっくりを楽しんで下さい。

予想することをやめて、さあ出たとこ勝負!!
子供のように、目の前に展開することを
面白がってみましょう。
まるで楽しそうなことを初めて体験する時のように。」
(「日本の神託カード」より 著:大野百合子 絵:大野舞 
発行元:(株)ヴィジョナリー・カンパニー)


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今は見えていないかもしれない、純粋で無邪気な子供は、
実は、自分の中の中心にいるのです。しっかりと。

きっと、このメッセージは、今日のお客様だけではなく
色んな人のところに響くものなのでしょう。

勿論、私自身にも、とってもナイスなタイミングでした!
ありがとうございます。

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【ベッキーちゃん】の恐れていること

「〇〇べき」、という発想は、すべて
「恐れ」が動機になっている…

こうして書くと、特にインナーチャイルドセラピー経験者は
ほとんどの人がうなずくだろう。

だけど、実際、気づいていない場合もとても多い。
それくらい慣れ親しんでいて、
それくらいよく活用している。

たとえばセッションで、

「〇〇っていうのはどうですか?」

「〇〇なんかいいかも?」

という表現で「提案」をしたとしても、

そして、その前や後に、しつこいくらい、
「そうする必要はないのですよ」と言っても、

次に会った時には、

「〇〇するように言われたので」

「〇〇しなさいっていうことだったので」

「〇〇した方がいいんですよね?」

という強い表現に変わっていたりする(笑)

そう変えた方がなじみがあるし、
変えておきたい意識が、無意識にそう変換している。

そうすれば、「やってもOK」が自分に出せるのだろう。


逆にその「提案」を受けて、
何ごとも助言されなかったかのように、
自分で考えたかのように言ってのける人達もいて、
それはそれで、ある意味「危険」。

誰かから言われたことだ、というのもわからなくなるほど
コントロールされやすくなってしまっているのだ。


私もさんざんそこを通ってきて、
勿論、今でも、自分でもそれをやっているのに
気づいて、苦笑することもあるけど、
こんな風に「自分」の感性のキーワードを間に入れるだけ、
確認だけでもいいから入れてみるようにするのを
練習して、練習して、一時期失っていた、自分の感覚を
最重要とする習慣を取り戻した。

「〇〇って言われてから、自分で考えてみて
それがいいかもって思った」、

「〇〇と言われたことについて、自分自身に聞いてみたら
イエスだったので」、

「〇〇って言って頂いて、深く感じてみたけど、
どうしても、自分の中からイエスが出てこない」、


などなど、女子の大好きな占いの後でも、リーディングでも、
こんな風に、確認だけでも「自分」というワンクッションを
置くことができるとだいぶ違う。

そこに、自分自身の選択の瞬間があり、
それを意識的にしているから。

でも、そもそもは誰かに言われたことだ、というのは
意識していた方がいい。色々な意味で。


自分の中の「〇〇べき」ばかりを言う担当の、
【ベッキーちゃん】が恐れているのは、
自分のやりたいようにやりたいことをしてしまうこと。
自由な自分を取り戻してしまうこと。

やりたいようにやりたいことをやるのを恐れるのは、
そうすると、「失敗」したり、「嫌われたり」
「傷ついたり」「否定されたり」すると思ってるからだ。

逆に言うと、そういう目に合わないように
一生懸命、必死になって、守ろうとしているのだ。

だからいつも、ベッキーちゃんは、
〇〇べき、を探している。
「正しい」こと、すべきことを探して探して、
探しあてながらも、すぐ次のすべきことを探す。

すぐ、また次なる自分の「問題」を探して、
どうす「べき」か、探り出す。

一つ見つかっても、すぐに疑り出したり
抵抗し始めたり。

だって、そもそも全面的にそうしたいわけじゃ
ないのだから。

インチャイセラピーで言う、抵抗のチャイルドちゃんと
ベッキーちゃんは、まるで裏表のセットのように
近いところにいて、反応する。

「どうすべきか」を常に探っているベッキーちゃんは、
まるで精神世界の探求者であるかのようで、
実に巧妙だけど、その動機は、「恐れ」なんだよね。


そして、このブログに書いてあることも、
自分にとってはどうなのか、というクッションを
置いてみてほしいなと願う。

ベッキーちゃんが、安心して力を抜けるように…

自分の感性で、自分らしく在る状態にOKを出すために…


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インナーチャイルドが教えてくれること

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「人生は、驚きの連続。
意外性を受け入れると、楽しくなるよ♪」

(インナーチャイルド初回セッションにて。)


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「遊びたい!」

「遊びたい!」という声や欲求は、
インナーチャイルドセラピーに限らず
とても大事なものです。

純粋に、「遊び」という意味でもそうですし、
「遊び心」というものの大切さ。

大人になっても、どころか、
大人だからこそ、そして年齢を重ねれば重ねるほど、
この「遊び心」、Playfulness は、
素敵で、大切。
色々な意味で「幸せ」感覚への鍵だと思います。

それが、なかなか許せないだけでなく、
その声があることも忘れてしまっているのが、
大人として、「問題」に「深刻」になっていたり、
忙しすぎて、心に隙間/余裕のない状態。

深刻に向き合うことも、真剣そのものの迫力も
素晴らしいですが、いつもいつも、
「私のやりたいことってなんだろう」とか
「私らしさってなんだろう」などということを、
深刻に突き詰めようとしていても、
その鍵を握っている、小さなチャイルドは
自分の奥の方に押し込められたまま、
出て来れないのです。

そんな大人が、実際の子供達の遊びの大切さすら
忘れてしまって、遊び時間を与えていないとは
それこそ深刻な問題だー!

子供は遊ぶのが仕事!子供は遊びを通して
学んだり、教え合ったり、気づいたり、
創造性を発揮していくんです!
子供から遊ぶ時間を奪うなぁー!

遊び心は、「余裕」であり、余裕は「スペース」であり、
スペースは、「空間」(=から)であり、
白紙であり、埋まっていない予定であり、
決められたプログラムで動くのではない「自由」。

遊び心は、創造性を育てるのだーー!


ハァーハァー…ちょっと興奮してしまいました。


タイミングが合えば、という前提はありますが、
うちのセッションルームには、「遊び道具」が
色々あるので、ご紹介します。

先日、いつも心のエステのような、
インナーチャイルドセラピー的メンテナンスと、
スピリチュアル英会話の個人レッスンの
二枠をご予約されていらっしゃる方が、
ちょうどしんどい感情が出てきた後であるものの、
その日のその方は、私としては、どうも、
それを「掘る」ようなことをしたり
感じ切ることを促したり、そのことを、
真正面から「なんとかしよう」とすることとは
違うタイミングのように感じられました。

そこで、「遊びますか?」と提案したところ、
満面の笑みで、「遊びたい!!」との即答で、
チャイルド登場~~~!


早速、次々、色々な「ゲーム」をして
遊びました~~♪

まずは、知る人ぞ知る(?)、あのドリーン・ヴァーチュー博士の
エンジェル・ボード。

見た目にもとっても美しくて、楽しい、ゲーム感覚で
エンジェル達に質問をしてサイコロで駒を進めながら
「答え」を見ていく「ゲーム」です。

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たとえば、

「旅行に行くとしたらどこへ?」

「ロマンスについては?」

「いつそれは訪れますか?」

「私のサイキック能力は?」

「向いている職業は?」

etc.etc.


当たり前ですが、これのみを全面的に正しいとか、
これが唯一の答え、というつもりでやるのではなく、
冒頭書いたように、子供のような気持ちで
遊びながらやるのです。
いつも深刻になっているこれらの問題も、
なんだか楽しくなってきちゃったりするんです。
しかも、「えーー!!なんでわかるの?!」
といった、「当たる当たらない」の要素も
ちゃ~んとプレゼントされますよ☆

そして、常に答えは、自分自身が自分と
繋がることでやってきていることには
変わりありません。


ひとしきりこれできゃーきゃーいって遊んだあとは、
久しぶりに出してきたのですが、
その名も「Therapy」(セラピー)というゲーム。

こんなゲーム、私、いったい、いつどんな目的で
買ったんでしょう?!…と思ったら、
もう20年近く前ですね、アメリカに
ヒーリングの勉強で通っていた頃、
本屋さんでこの手の「ゲーム」をたくさん
買って、その頃から教えていた、
スピリチュアル英会話(その頃は、ヒーリング英会話って
いってたかな)の教材にするつもりで集めていたのでした。

実際に、レッスンでよく使っていたのを久しぶりに
この日、思い出しましたが、いや~よく出来てる!
これ面白いわ、やっぱり!

昔あった、「人生ゲーム」ってボードゲーム知ってますか?
車の形をしたマイカーのような駒で行なう「すごろく」ですね。
人生における色々な出来事、結婚、出産、就職、etc.の
ステージを通っていって、ゴールインはなんだったっけ?
幸せな老後だっけ?

とにかく、いかにも「アメリカ」らしい感じがするゲームでした。

それに似せた、このセラピーゲームは、
車の代わりに、セラピーカウチと呼ばれる「ソファ」が駒で、
幼児期、青年期、成年、老年期、それを越えた宇宙意識(!)
などなどのステージを、カードをめくってクイズに答えながら
クリアーしていきます。

このクイズがまた、そんなの知るわけないよねぇ?という、
マニアックなセラピー的問題なんですよ~笑
でもいちいち、とても「ため」になるんです。

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前にブログでご紹介したことがあったと思うのですが、
たとえば、「大好きなオモチャを、一緒に遊ぼう、って
使わせてくれるのは、5歳の幼稚園児、1歳の赤ちゃん、
どちらの方が確率が高いでしょう?」

答えは、「赤ちゃん」なんですね~…
赤ちゃんには、自分と他人を分ける感覚がなく、
大好きなものは、皆大好きで、皆で一緒にシェアするのが
当たり前、という感覚がある…という解説が付いています。


これらはすべて、英語のゲームなので、
スピリチュアル英会話の教材として、
皆で遊んでもいいですね~~~!!

このほか、「神との対話」からインスピレーションを得て
グループシェアリングのようなゲームとして作った、
Conversationsというボードゲームなどもあります☆


そして、最後は、言葉を使わない遊び。

「おとつみき」を使って、美しい音色を奏でて
遊びました。

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どれを一緒に奏でても、なぜか調和する音の組み合わせ。

深いですね。何を選択しようとも、高い次元からは、
大きな意識の中では、すべて調和しているのです。
とても奥深い、広大な意識に繋がる感じ。

ハーモニーが響き渡り、いつしか勝手に手が動き、
意識は瞑想状態になっていきます。

演奏後は、いつのまにか、そこに静寂が。


たまには、こんな個人セッションもとてもいいですよ!

このお客様は、この遊びセッションの後に、続けて
スピリチュアル英会話の個人レッスンだったのですが、
それも引き続きハートが開いたまま
今までになく楽しくくつろいで行なうことができたように
思います。

終了時、お客様は、とても晴れ晴れとしたお顔で、
「あ~楽しかった~!」と何度も言いながら、
「何かが解放されて出ていった気がする…」
というようなことをおっしゃっていました。

やってみたい気分になった方は、いらした時に、
どうぞリクエストして下さいね♪

勿論、これら以外のクリエイティブな発想も歓迎!
いつでも一緒に遊ぼ♪


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「しーっ…(^・^)」

またまたインナーチャイルドセラピーのお話。

セッション中、「自分」(普段自分だと思っている意識)ではない、
チャイルドの感情が出てきている、と感じながら
涙したり、怒りの声を出したり、言い分を叫んだりする場面が
多々あります。

クライアントさんが、どれくらいはっきりそれを
意識しているかは別で、
「なんだかわからないけど涙が止まらない」とか、
ちょっと不思議なことが起きている、と、別の
視点の自分の存在を感じながら
感情だけが出てきているのを見守っているような
状態。

それを止めたりせずに、
「子供の分が出てきている」と思いながら、
「大人」の変な判断や抵抗やブロックを越えて、
泣くだけ泣いたり、出てくる叫びを自分の耳で「聴いたり」
していったりします。

不思議なことに、それは「悲しみ」や怒りの傷に
触れた、というよりは、
「安心して泣けるようになった」
「やっと文句を言えるようになった」、
という感覚であることが多く、
傷がえぐられるような辛さとはちょっと違って、
むしろ、根底に「出せて嬉しい」という感じが
伴っていることが多いのです。
それを、どこか客観的に、何が起きているのか
見つめている、という感じです。


先日も、とあるセッションで、
ご本人は、「なぜこんなに涙が出てくるのか、
なぜ、こんなに泣きじゃくるのかわからない」と
言いながらも、そのようなセラピーの状態に
慣れている方なので、そのまま、感じ切り、
出しきって(出させてあげて)いました・・・

その時も、凍らせていた感覚や感情を、
「やっと流れ出させることができる」
「泣いてもいい時が来た」

という意味が大きかったようでした…

それはあたかも、ずっとあまりにも怖くて
泣けなかったり、言ってはいけない、とか
泣いてはいけない、感じてはいけない、と
必死に泣くのをこらえていた子供が、
信頼する状況、安心する状況となって、
わぁーっとせきを切ったように
感情が溢れ出た、という感じでした。


そうやってしばらくすると、これもどんな感情ワークでも
起きることですが、だんだんと、
「波」が引くように、すーーっと静かに
なっていく瞬間が訪れます。


自然に…いつのまにか…涙や嗚咽も止まり…


そして、あの「静寂」が、やってきます。

自然に…いつのまにか…静まりかえっていく空間…


その時、クライアントさんが、
口に人差し指を当てて、

しーっ。。。 って感じですね…」

と、ささやくような、優しい声で言いました。


私も、「ほんとだね、寝ちゃったね…」

と、ささやき声で返しました。


普段の意識だったら、とても変なことでしょうけれど、
そこには、不思議なことに、
本当に、そこに、泣くだけ泣いて
脱力して、そのまま眠ってしまった、
小さな小さな子供がいるのが感じられたのです。

そのまま2人で、しばらく、
目には見えない、その眠ってしまった、
腕の中の子供を、そっと見守っているかのように
起こさないように、
そっと…そうっと…

静かに、静かに、沈黙の中で過ごしました。


抱くものと、抱かれるものが
同時に一つの空間、一人の人間の中に存在している、
この上なく愛に満ちた状態…

こんな静寂、こんなサイレンスも
あるのです…


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生を祝う、というプレゼント

このブログを読んで下さってる皆様は
よくおわかりのように、私は、ダンスや太鼓などの
自分を気持ちよく表現する活動や、
自己探求のワークを始め、自分自身の心身のメンテナンスに
相当なエネルギーを注ぎ、またそこからたくさん
受け取っています。

私にとって、「オフ」の時間の過ごし方や、
自己表現の在り方は、自分であることを最大限に享受し、
楽しむ時間でもあり、それは、「仕事」をしている時の
自分の状態、オープンに繋がることを許すことができる
受容性ととても深く関係しています。

その中には、勿論、活発に動くばかりではなく、
静かな瞑想的な時間や、ボディメンテナンスの時間も
含まれており、元来、身体に触れてもらうのが大好きなので、
マッサージやアロマセラピーなどには
色々とお世話になっています。


そんな中、以前、自宅のすぐ近くに、
よくマッサージを受けに行っていた場所があったのですが、
そこで、出会ったセラピストの方と最初から、
不思議に響き合うものがあって、
単に身体の施術をしているだけではなく、レイキなどの
エネルギーワークをして下さってるな、と
すぐにわかったこともあり、とても信頼していました。
が、特に、私の仕事の話をすることはありませんでした。

それが、ひょんなことから、私の仕事の話になり、
その方も、何か「普通ではない」(笑)感じを
持っていて下さったようで、しばらくたって、
うちに、インナーチャイルドセラピーを受けに
来て下さるようになりました。

今でも、最初に、「直感でセッションをお願いしようと
思ったんです」とおっしゃって下さった時の
表情が忘れられないのですが、彼女の、その「直感」や
自由を愛する感性と行動力は、素晴らしいギフトで、
必要な区切りという意味で「卒業」された後は、
ますますそれが開花していらっしゃる感じがあり、
人生を楽しむ、ということと、「開いていること」、
「繋がること」が、ご自身の直感という感性に
直結していらっしゃる方のおひとりで、素晴らしいなぁ、と
感動しています。

いつも書くように、心であれ身体であれ、
セラピストが自分自身のケアやメンテナンスや
自己探求をし続ける、ということは本当に
大切なことだと思うのですが、彼女もまた、そのような
プロセスにとてもオープンで正直な方。

ご自分の中に「閉まってあった」たくさんの扉や蓋を
果敢に開けていかれました。

そして、そんな彼女のセッションでは、
私の状態がいつも、とても「饒舌」になるというか、
彼女のハイヤーセルフから、流れるように降りてくる、
たくさんの情報やエネルギーに驚きながら、
自分が伝えているくせに、毎回毎回、
いつもその深遠な智慧溢れるメッセージに
心の底から感動していました。

もともとの優しさや愛というギフトに、
自由に踊ったり、歌ったり、
今や、生き生きと、はじけるようなキラキラが
加わった彼女は、「インチャイ卒業式」には、
ご自分のチャイルドの「バースデーケーキ」を
用意していらっしゃいました。

インチャイセラピーの途中や卒業式で、
お誕生日をお祝いしたくなる方はかなりいらっしゃいます。
子供の頃にまつわる意味だけではなく、
「自分(チャイルド)が生まれてきた」ことを祝う、
という点で、意味深いものです。

DSC02876_s.jpg
ちゃんとローソクに火を灯し、
♪ハッピーバースデートゥーユー♪を
2人で大声で歌いましたヨ♪
(びっくりするほど美味しいケーキだった!)

生まれてきたこと、生命を、
心からお祝いして、純粋に楽しく、
美味しいものを食べて過ごす祝福の時間。
それは、たくさんの涙や辛い時期もあった彼女にとっても、
とても深い意味を持っていたのです。


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<Mixi日記より(ご本人の許可を頂いて全文転載)>

ようやく、昨日…少し保留していたインチャイの卒業式を
迎える事が出来た

インナイチャイルドセッションは、私にとって、
深く濃厚な時だったということは、
今もこれから先も変わらないだろう!と思う。
多面にわたる、色々な気づき、ギフトを頂けた

日常生活でもインチャイワークは常に続いており、
日々それ感情に気づいて受容する。

最初は、もちろん意識しながらだったが、
いつの間にか当たり前のようになり、
インチャイ視点で過ごせるようになる。
…となった時点でかなり、生き易くなってきたように思う。


セッションでは、例えば…幼児期のあまりにも辛過ぎて、
自分の中から記憶すらの忘れたようにしていた感情に敢えて、
『そこ掘れワンワンだ』とフォーカスして、
結局その感情に気づき、浸り、涙がポロリ…


大体の場合は、私が蓋をしている感情なので、
それの感情を察知した旅道案内人が共感し、
先に涙してくれているケースも多く最初は、
『何で私(当人)より先に泣いてくれているのぉ?』と
それすらが何とも不思議な感覚だった…のも今思えば懐かしい☆

気づいたら、仕事も独立し、苦手としていたダンスやカラオケ、
今やタントラまで参加 。
今までの私には、考えられない~と言う変化があったな。


別名?人生をイキイキと自分らしく生きる為の器作り、
とも言うようだが、ホントにその通り~~だと実感している♪

今一つの句切りとしての卒業式を迎えられて想うのは、
通称:旅人案内人映蓮さんは、いつも人生を謳歌する存在として、
私の子→個への道のりの先に進み、道に迷わないように、
明かりを燈してくれる存在だった。
『このような器に至るには、どの位、自分を
受容し続けて来たんだろうか?』
と、しばし思うことがある。

そして、今や~個性の輝きを放っている心の友たちとの出会いも、
めちゃくちゃ楽しい。
これからもまだまだ私の旅は続いていくのだが、
今、まさに充福感を感じている~~


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DSC02879_s.jpg

たくさんの扉を開けた彼女は、お仕事も独立開業し、
セラピスト、ボディワーカーとしても、
好奇心と探求心に溢れていて、
今や、たくさんの「引き出し」をお持ちです。
スピリチュアルな感性を生かして、
身体のみならず、心やエネルギーまるごとの
リフレッシュやヒーリングをしていらっしゃいます。

⇒ 愛子さんのサロンHP

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母の日の三つの花束

どんなに「良いであろう」ことも、
「こうすべき」、「こうした方がいいから」、
「こうするのが正しそう」、
「こうすると効果があるのだろう」、

という理由だと、それは
あらかじめ「頭」で考えて選択している、
ということです。

そのこと自体が「悪い」のではないのですが、
「頭」というのは、どうも、
実感や、体感と切り離されていることが多く、
それを口にしていても、何か、真実味に
欠けているとか、何か、本物の感じがしない、
と気づくことがよくあります。

その逆に、あ~これって本物だなぁ~、
自然な感覚、自然な変化ってこういう感じだよな~、
などと感じる時は、皮肉なことに
それを言っている本人は、そんなことを意識して
いなかったりします。

何気ないこと、あまりにも自然で意識していないこと、
そこにこそ真実がある、というのは、
あらゆる意味や状況で言えることです。

だからこそ、自分について知っていく道を
意識的に歩くためには、
この、「ポジティブ」であれ、「ネガティブ」であれ、
「意識していない」ことにスポットライトを当てて
いくのです。

そして、ただ「気づいている」ことです。

インナーチャイルドセラピーにおいても、
これはとても大事なポイントです。

起きている変化が、とても微細な存在感だからです。
にも関わらず、その「変化」は、気づいて欲しがっているのです。


インナーチャイルドセラピーを始めてまもなく、
多くの人が、突然、普段欲しくないようなものを
欲しいと思っていることに気づきます。
誰に言われたわけでも、私が「宿題」を出したわけでもなく(笑)

大人は普段必要としない、子供が好きな、
可愛らしいノートなどの文房具だったり
普段着ない色の洋服やファッション、
普段食べないようにしている(←「理由」があって)ものを
食べたくなったり、etc.

これらは、本人には、あれ?と思う瞬間はあっても、
それを買うか買わないか、の選択とだけしか
意識されてないことが多いのですが、
後でセッションでそのお話をしていると、
ああ、それは、その人のインナーチャイルドの声
なのだろうなぁ、と感じるような対象物だったりするのです。

そして、その「欲しい」という声の奥に、
大人の「欲」と違う、純粋な「好き」の声が
あるのを感じ取っていきます。

「新しいこと」が、どこかからやってきたのではなく
自分の中、奥の方にあった声、
何らかの理由で、しまってあったもの、ないことにしたもの、
など、あるのを忘れていた何かが、出てきたのです。

とはいえ、それだけでは言い切れない、
何か、言葉には出来ない、「不思議な」感じがする、
理屈では言い表せない何かの存在を感じる、
ということも、とても大事にしているのが、
スピリチュアルな観点からのインナーチャイルドセラピーです。


さて、先日、インナーチャイルドセラピーの
個人セッションでも、とても素敵なお話をお聞きしました。

ご自分の無理ないペースでセラピーを続けていて、
もともと頑張って色々なことをこなすことができるからこそ、
そして何かを他の人達のために、
純粋な喜びと共にできるという質をお持ちだからこそ、
少し頑張りすぎてしまっていたご自分をいたわるための
大切な期間を過ごしていらっしゃる方です。

今は、少し、お休みの期間を設けて、
休みたい時に休む、無理をしない、
寝れる時には寝ている、ということに
「挑戦」していらっしゃいます。
(「楽」になるのに「勇気」を必要とする
場合は結構ありますよね。)

その方が、ふっと何気なく、本当に自然に話の流れの中で、
その方のお母様に母の日のお花を送った、という
ことをおっしゃり、
そして今、以前はそんなに惹かれることはなかった、
ピンク色になぜか惹かれる、ということ、
そして、

「今年は自分にも母の日のお花を送ったんです」…

え?

自分にも母の日のお花?


…と、聞き返した私に、


「はい。」と、少し嬉しそうに、
でもそんなに大きなことではない、といった感じで
微笑まれたのがとても印象的でした。

ピンク色のお花のアレンジメントを。

自分のために。

母の日に。


私のところには、インナーチャイルド達が、
内なる母に、喜びと感謝を表現している、と
「降りて」きました。

そして、その方が、実際のお子さん達に
プレゼントしてきた、クリエイティビティの
開花をただ見守る、という愛を、
無理はせずに生を楽しむ、という愛情を、
今は、ご自分の内なるチャイルド達に注いで、
「内なる子育て」をしているのだ、と。


すると、ご自分に贈ったお花の写真は
撮らなかったそうなのですが、
(心の中にずっとあるものですものね)
お母様からお礼と共に送られてきた写メの
素敵な写真を見せて下さいました。

「私のはもう少し濃いピンクだったんですよ」って。

F1000145_s.jpg


そして、もう一つ。
決して偶然ではない、と私に感じられるのは
なぜか、今年は、普段そんなことはしないという、
息子さんも母の日のお花を贈ってくれて、
めったにないことなので、驚いたそうです。

こちらが、その息子さんからの素敵なお花。
SN3L0013_s.jpg

今年は、「受け取った」のですね。2つも…

意味深い、嬉しい、母の日の3つのお花たち・・・


素敵なシェアをして頂き、ありがとうございました。



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