~ 天空の抱擁 ~ Celestial Embrace

人は誰でも心のあるがままで天に抱擁されている…
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人生は、Amazing!に満ちている

力を抜いて、自分(の肉体の眼)には見えない大きな流れに委ねると決めて、その上で、自分の中から上がってくる純粋な「〜〜たい」を大切に実現、体現して楽しんでいくと…
 
ワオー、次から次へと…な天界、いや、天海、いやいや、展開に。
 
 
そんな展開を次々と受け取っては、シェアしてくれているのが、もう10年近いお付き合いとなった、「みゅまたん」こと明日香瑠璃さん。
 
 
10年ほど前、インナーチャイルドセラピーに初めて来てくれてからの彼女の「自己探求」へのコミットはすごかった…
 
今現在もその探求を継続していて、定期的にセッションに訪れてくれる。
 
  
そして今、ハッピーとは言えない大変なことも含めて、次々と驚くような展開を受け入れ、大波をいくつも乗り越えての彼女は、あの頃には本人も私も想像もしなかったところにいる。
 
 
しかも、変化のスピードが加速していて、マインドが「なんとかしようとする」のを降参しなくちゃならないほど。
 
 
素晴らしい転進、わお、天真、わおー、すごいピッタリの字が出て来た!、もともと書きたかった「テンシン」はこれ、【転身】を遂げて、まもなく、自分の新しいスペースにて、タロットやレイキ、気学などを総合的に提供し始める予定です!! 


ず〜っと堅い大企業に終生勤め上げるのが当然だと思っていた彼女が退社、そしてすごい才能を発揮して鑑定士デビュー!!

 
 
でも何よりも何よりも、彼女が自分自身のBeing、自分自身のプレゼンスをシェアし始めるということが、世界にとって、ものすごくパワフルなことになると思う!
 
 
この10年、いや彼女が生まれた時からの、たくさんの経験を経て、インナーチャイルドたちを育くみ、抱きしめる大きな自分自身と繋がって来た、内面の声に耳を傾けることができる貴重な女性として、そして、そうできない時の自分をも認めて抱きしめることを知ったからこその共感と、鋭い洞察も含めて、
みゅまたん、明日香瑠璃さんの優しい直感に満ちたタロットカードセッション、オススメです。
 

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さてこの写真は、去年もみゅまたんから頂いて、その美味しさに唸ってしまう、1年に1度だけ食べられる貴重な和菓子、「水無月」。 みゅまたんの昨日のセッションで、お土産で頂きました。


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昔の人達が、氷に見立てて作った、暑さを乗り切るため、そして厄払いのお菓子だそう。
 
下の方のおもちが、ムチムチしていて、不思議なひんやり感があって本当ーーーーーに美味しい!


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奈良や京都が大好きなみゅまたんから漂うのは、こうした深い日本ならではの趣。
 

 
さあ、これからどんなことになっていくのか、ワクワクしながら、広がって受け取りながら、楽しんで行こう〜〜


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「感じない」ことが強くあること?

「感じない」ようにすることが、「平気でできる」ということ、
強さとは、「感じない」ことだ、と、子供の頃、いつの間にか思っていた。


熱い?
熱くない!


寒い?
寒くない!


痛い?
痛くない!


寂しい?
寂しくない!


悲しい?
悲しくない!


傷ついた?
傷ついてなんかない!平気!


怒ってる?
怒ってなんかない!にっこり。


欲しい?
欲しくない!



最初は、本当に感じてることを
隠すため。

バレないようにするためだった。



そのうち、
本当に感じなくなってた。
 
 
自分が自分でないような、
身体の外側に出てしまっているような
離人感覚も始まった。

しかも特に家で。



ピアノも弾くのは好きだったけど、
レッスンは地獄。


「貴女は何も感じないの?」
と言って、私の手首をピシャッと
叩いた先生のところに行くのが嫌で嫌で、
とうとうある日、
ピアノに行くのが嫌だ、と親に訴えた。


その時、
小さい頃に
股を開いて閉じて、してリズムを取って遊んでいたら、
親戚の叔母さんに、「膝を閉じなさい!下品な子!」と
笑いながらピシャッと叩かれ、繊細な柔らかいところに、ぐさっと刺さって
ジワーーッと涙が滲んで
一生懸命泣いてないフリをしようとしたことを
思い出して、
泣かないようにしながら、もうあの先生に習うのは嫌だ、と訴えた。


泣いてよかったのに。


で、結果、そのピアノの先生のところには行かなくてよくなった。



感情を感じて伝えてもいいんだ、というところまでは
取り戻した出来事だったなと、今になって思う。



そこまで「感じる」ことに関して色々あったということ、

特に、「感じる」「感じない」で傷つくことが
たくさんあったということは、


私のギフトの1つが
感じる、ということだからだ。


私のギフトは
感性だからだ。


すでに持っているギフトだから、
それにまつわる色々な経験をしたくて選んだんだ。



何かあるたびに思い出す。


自分には何も取り柄がないとか、
価値がないとか
ダメなやつだと 
いまだに思って苦しい時、
最後にそこに戻ってくる。


これを感じていることこそが
宝物なのだ、と。


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自分の感性を取り戻して、自分を表現している、
その自分自身を、あなたは「見た」ことがありますか?

どんな眼差しで自分の姿を見ていますか?

どんな思いを自分という存在に向けていますか?
 
その「自分」、「自分らしさ」。

ほんとうですか?

 

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【好奇心という ラベル】

もっと知りたい、わかりたい、という

ピュアな子供の好奇心で前に進む心地よさの経験が、

いつのまにか、【わからない】ことに

注意を向ける癖に取って代わっていることがある。


そうすると、いつのまにか、楽しさ、心地よさは、

苦痛に変わってしまう。


もっと知りたい、わかりたい、は

知らなきゃだめ、わからなきゃだめ、に代わり、

わかった!出来た!と感じないように

常にダメ出しを自分にしてしまう。.

そして、受け取った喜びを味わう間も無く、

次へ、次へ、と借りたてる。


「今ここ」でくつろぐことからどんどん遠ざかる。


そしてギフトだったはずの好奇心というラベルを貼った、

自分へのダメ出し、追いたて、となって、

ある日疲れ果ててしまう。



夕日が沈むまでずっと見ていた時、

アリが巣を作るのを、飽きることなく観察していた時、

雲が流れるのをいつまでも見ていた時、

年上の女性が化粧をする様に見とれていた時、

流れ星を待って夜空を見上げていた時。


好奇心は、「わからない」方へ、わからない方へと

駆り立てるということではない。


時に、真に面白いと思ったことに魅了され、

立ち尽くし、ぽかんと口をただ開けて見入ってしまう。


目の前にあるもの、すでに出会ったもの、

知っているものを慈しみ、味わい、

違う角度から愛でたり、愛してみたりする。


そこにある喜びを完全に味わいつくすことを許す余裕を、

好奇心として感じてみる。


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【自分の真の望みがわからない】

そりゃあ、すべての感覚を、「すべき」ことや、
何が「いい」のか、何が「正しい」のか、
何が「有利」なのか、何が「無難」なのか、の
思考と分析で遮断して生きてきたんだもの。

急に「本当にしたいことは?望みは?」とか聞かれても
出てくるわけがないよ~

何々がしたい!っていうインナーチャイルドは、
そりゃあどこかの時点で出てくるかもしれないけれど
そのほかのチャイルドたち、それ以外の自分のかけらたちは
常に「すべきことへの修正」を狙ってるわけで。

さんざん、本当に、さんざん、
すべきことだらけで、誰かの反応を気にして、恐れて、
不安を隠して、傷を隠して、何が正しいか、合ってるか、という、
今の私からしたら、当たり前にもっとも苦手なはずのことに
全力を使い果たして、常に疲労困憊でぐったりしていた私が
身をもって実感していること。

自分の全部が、「そのままでいい」って、
何もしなくていい、すべきことはなし、って
他の人に、ではなく、自分が自分に言ってもらわなければ、
言ってもらうだけでなく、本当にそれを信じることができて
自分が自分の中で、ぼけーーっと、どえーーーーっと、
だらーーーーっと、ほえーーーとして
誰も裁かない気持ちよさとくつろぎを味わわなければ
安心なんてできないよね。

きっかけは、他の誰かや何かとの出会いかもしれなくても
最後のところで、どーんでーん返しーーをしなくては、と
かちかちになっているチャイルドも、
ふよふよ~~になりきることができるのは、
自分自身に、本当に、それでオッケー、をもらえた時だよね。

だから、使い古された言葉だけど、
「ありのままでいい」「そのままでいい」を、
自分に必要なだけ味わわえば、
ほんとにしたいこと、ほんとに望んでること、が
出てくる。

そして、それは、自分の「思い通り」の内容じゃないかも
しれないんだ。
自分の「予想」や「期待」とは違うこと、
そして、思っているよりも、ずっと小さいと感じることかも
しれないし、ずっと大きいと感じることかもしれない。

その自分に驚かせてもらうの。
悦びは、驚きを伴ってもいいんだよ。

驚きが悦びに変わる。人生は素敵。

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よみがえった七五三の着物

何度かこのブログでも書いている、
インナーチャイルドセラピーの「卒業式」セッション。

セラピーに「区切り」をつけるという意味でもあり、
お客様ご本人が自分のインナーチャイルド達とお祝いをする、
という意味でもあり、その他色々なその人だけの大事な儀式
としての意味があるセッションです。

インナーチャイルドとの「お付き合い」自体に終わりはないので
チャイルドとさよならをするわけではないですし、
これが終わったら、もうセラピーに来てはいけないとか
卒業するのに何か資格がいるとか、逆に卒業したら資格が
もらえる、とかいうものでもありません。

それまでの自分との向き合いのプロセスに
自分で一区切りつける、自分の内なる子供達と
それを喜べる、お祝いできる、素敵な儀式。

いつも、間違いなく「世界でもっとも尊い儀式の一つ」と
私が感じる、自分を大切にする宣言のような儀式です。


久しぶりの卒業セッションのその日。

ご本人からは、「準備が結構大変だ」とか
「ケーキとシャンパンでお祝いをしたいので
食器類だけ申し訳ないのですが用意して下さい」などの
連絡を頂いていたのですが、卒業式に何を
計画していらっしゃるのか、具体的なことは秘密のままでした。

卒業セッションでは、何もしなくてもいいし、
ただ振り返りのセッションでもいいし、
何かを「披露」したり「プレゼント」したり、自分で
記念になるようなお祝いの仕方を選択することもできます。

洗練された美意識をお持ちの彼女なので
何か素敵なことを企画していらっしゃるのだろうな、と
私もドキドキワクワク、その日を迎えました。

いつものように先にセッションルームに入って待って頂いていて、
お茶を持って、ドアを開いた時、
私は、まったく予想外の姿がそこにあったので、
驚きで思わず声を出していました。

「うわー!」

そこには、美しい着物姿の彼女がいたのです。

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そもそもお着物でいらっしゃるお客様もそういませんが、
どちらかといえば、洋装のイメージが強かった彼女、
セッションを通して出てきた色々なイメージも、
洋風のものが多かったので、本当に意外な姿だったのです。

髪も、一目見て、「綺麗!」と叫びたくなるほど
美しく結ってあって、美容院に行っていらしたのだと
すぐにわかりました。

そして彼女が見せてくれた、少女時代の写真。

七五三の着物を着ています。

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ああ。この女の子のために、子供時代の自分を大切に想って
お着物をお召しになったのですね~という感じの
リアクションをした私に、

「よくその着物見てみて下さい♪」

言われて、じっと写真を見て、
それから彼女のお着物を見て・・・・

「あっ!」

「ホラ、同じ着物なんですよ♪」


一瞬、意味がわかりませんでした。

確かに、よく見ると、まったく同じお着物なのです。

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七五三の小さな女の子の着ている着物と、
今の大人の彼女が着ている着物が
まったく同じ……???

「え…?」という顔をする私に、説明して下さいました。


当時は、大人になっても仕立て直して着れるような
お着物をプレゼントする習慣があって、
実際に大人になってから、おばあちゃまから、
仕立て直したお着物がプレゼントされていたそうです。

おりしもちょうど七五三の季節、というタイミング。

インナーチャイルドセラピー卒業セッションで、
子供達とのお祝いに何をしよう、と思った時に、
そうだ、あの着物を着よう、と思ったのだと。

お着物がお好きな方は想像がつくと思うのですが、
すでに着物はあるとはいえ、ぴったり合う帯や様々な小物を
揃えるのは結構大変なことで、お金もかかったそうです。

そして、このお着物自体も、今後、恐らくそうそう
着る機会はないであろう着物だと。


それなのに。

それでも。

これをすることに、大きな大きな意味を見出したからこそ、
実現されたわけです。


初めてセラピーにいらした頃は、
幼い時のことは、ほとんど覚えていないし、
思い出したくもない、というようなことをおっしゃっていた
彼女。

段々とプロセスが進むにつれて、
ご自分から、両手を大きく広げて
チャイルドを迎えにいくかのようなセッションになり、
ご自分ではそんなに意識されていなかったかと思うのですが、
お会いするたびにお顔の表情も柔らかくなり、
ご自分に対する厳しさも少しずつ緩み、
優しい柔和な、それでいて、ご自分の「好み」や
好きなこと嫌いなことがはっきりしている、個性的で
ご自分のセンスに合った「美しい」ものへのこだわりを
持った、ますます魅力的な明るさが増していかれました。

途中で、「セラピーって自分でそろそろ【卒業】だとわかる時が
来るのですか?」とお聞きになったことがあるのですが、
私の提供するインナーチャイルドセラピーでは、
受けてらっしゃる方が、ある日、「あ、卒業できる」と
感じられるし、そういう時は大抵私もそう感じていて、
それを一緒にお話しながら決めていくのですよ、
と答えると、不思議そうな顔で、
「私にもそんな日が来るのでしょうか?」と
おっしゃっていたのが印象的でした。

別にしなくてはいけないものではないので、
「卒業式」としてはやらない、という選択をされる人達も多い中、
あえてやろう、と決意される方達には、それぞれにとっての
深い意味があります。

彼女が、どれだけ、この卒業セッションに、
エネルギーと想いと愛を注いだか。

世界中の誰に見せるわけでもない、
ご自分のための、自分とチャイルド達のための
晴れの機会のために、
どれだけ時間を費やして準備をされたか。

それを思うだけでも、今でも胸が震えて涙が出てきます。

自分と自分のために交わす約束。儀式。ねぎらい。
感謝の表現。 そして、チャイルド(達)に向かって、

「貴女(達)は、私にとって大切な存在です。
特別な存在です。これからも大事にしていきます。」と、
全身全霊で表現することの意義。

内なるチャイルド達を大切にする、尊重する、ということは
自分自身のあらゆる部分、弱い部分もすべて、
受容し大切にする、という宣言に他なりません。


彼女は、この素敵な七五三のお着物を着て
街を歩き、セッションルームにいらっしゃり、
子供達とのお祝いのために、特別なとびっきり可愛らしい、
イチゴの形のケーキを買ってきて、(私もおすそ分けして頂き♪)
ノンアルコールのキティちゃんのシャンペンで乾杯しました。

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それだけでも、なんだか愛しい想いで涙が出てきますが、
その上、これまでセッションを通じて登場してきた、
おなじみのチャイルド達1人1人に向けて、【お手紙】を書き
その1人1人からの「お返事」を、可愛らしいノートに
したためて、それを泣きながら読み上げて下さったのです。

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ちょうどその色合いが、私が卒業祝いにと用意していた、
ささやかなプレゼントの箱とマッチしていたのも
なんだかとても嬉しくて可愛いシンクロでした。

なんという想いのこもった、丁寧な式でしょう。

何度も言いますが、自分が自分のためにする、
これ以上尊い【儀式】はありません。

様々な事情、理由、魂の計画などにより、
時の中で凍り付いていたり、かくれんぼしたままに
なっていたチャイルド達にアクセスして受けとめて
言い分を聞き、そのギフトを認めて受け取って
お祝いする……

どんなにか、チャイルド達は嬉しいことでしょう。

どんなに、七五三の着物姿の女の子は喜んでいることか。

どんなに大人になった美しく愛に溢れている自分のことを
誇らしく思っていることでしょう。


色々なセラピーの在り方がありますが、
あくまでも、クライアントさんがご自身で決めていかれる
ペースと内容で進めているこのインナーチャイルドセラピーを
提供させて頂いていることで、何よりも私自身がたくさん癒され
受け取らせて頂いているのです。
本当に光栄なことです。

Kさん、セラピーの日々も愛しい日々でしたね。
大切な、大切な、儀式に立ち会わせて頂き、
本当に本当に ありがとうございました。


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無邪気なインナーチャイルド

ここのところ、いや、結構前から、気になっていたことの一つに、
色んなワークの場などで、

「インナーチャイルドをもう癒し終わった」とか、
「インナーチャイルドを解放したから」とか、
もっとひどい(?)と、
「インナーチャイルドを浄化(?)した」とか
「インナーチャイルドを天に返した(?!)」とか、
「インナーチャイルドはもう手放せた」とか・・・??


きっと、これを読んで、「え?それの何がおかしいの?」と
思った方達も少なからずいらっしゃることでしょう…

はてさて。
これは、何か日本特有の傾向なのかもしれないし、
そういう風に定着していくものなのなら、それはそれで
いいのでしょうけれど、インナーチャイルドセラピーを
メインに行っているものとしては、ちょっとびっくり。

えっと、とりあえず、

インナーチャイルド=癒すべき存在?とかじゃないし、
インナーチャイルドは、浄化したり天に返したり、手放したり
さよならしたりするものではなーーーーい
(ちょっと苦笑)

インナーチャイルド=(イコール)傷ついている、のではないし、
インナーチャイルド=(イコール)邪魔する存在、ではなし、
インナーチャイルドは、やっかい払いするようなものではない~~

もともとのインナーチャイルドは、そのまま
自分の中に実在する、内なる子供、自然そのものの
人格とされるけど、いつのまにか、イコール「ネガティブ」
なことになってしまっていないか、インチャイセラピーを
やったことがある人達も、もう一度、感じてみて欲しいのです。

本来のインナーチャイルドは、自分の中の核の部分、
芯の部分、真の部分であり、無邪気で傷ついていなくて
自由で、それでいて、自分らしい特徴的な何かのギフトや
パーソナリティや、好きなことがある存在で、
ある見方をすれば、純粋な魂そのもの。

もともとの自分の姿。

それをインナーチャイルドと言っているのであって、
それを再び取り戻すために、インナーチャイルド(達)と
向き合って、ロールプレイングゲームみたいに、お姫様を
探しに行くのだぁ~!と、セラピーをやっているわけです。

そして、一緒に生きていくんです。

ていうか、「その子(達)」を生きていくんです。

自然な自分でいられるように…
自分らしく生きる…
自分の特徴を知って、それを開花させていくプロセスです。
(勿論、そのシンプルなことがなかなかできないのが、
「大人」な私達なわけですが。)


子供の自分を受け入れていると、ちょっとはめをはずしたり、
自由な自分でいられたり、人から見てどうか、ということが
気にならなくなったり、自分の好きなものを好き、と
言える、とか、自分の感覚や感性を大事にする「大人」が
「誕生」する…そういうことになっていく、わけです。

なので、インチャイセラピーイコールつらいプロセスで
ある必要はないし、むしろ感動的な発見の連続など
素晴らしいこと、嬉しいことなどもたくさんあるのです。

かといって、ネガティブを見ないようにする、とうのとは
勿論違いますが…。

・・・という基本的なことを、セッション中に
確認する場面が 最近、何度かありました。

そんなこんながあって、今日のセッションでは、
色んなインナーチャイルドの声を聴く大切さを
よ~く理解なさっているお客様が、更にまた
新たな小さいインチャイちゃんの声を受けとめた
後に、ひかれたカードは…

「無邪気な座敷わらし」。

最近うちのセッションルームでも人気の、
「日本の神託カード」からです。


「ねえねえ、一緒に遊ぼうよ!
おもしろいことないかな。
いつもと同じじゃつまらない。
おいでよおいでよ、さあこっちむいて!
贈り物をあげる。」

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「今、無邪気さが活性化していないと感じる人は、
まず『こうすればああなる』といった論理的な思考を
ちょっと忘れましょう。

それから、今までに繰り返しているパターンを見直します。
同じことの繰り返しは退屈です。
条件付けから自由になって、びっくりを楽しんで下さい。

予想することをやめて、さあ出たとこ勝負!!
子供のように、目の前に展開することを
面白がってみましょう。
まるで楽しそうなことを初めて体験する時のように。」
(「日本の神託カード」より 著:大野百合子 絵:大野舞 
発行元:(株)ヴィジョナリー・カンパニー)


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今は見えていないかもしれない、純粋で無邪気な子供は、
実は、自分の中の中心にいるのです。しっかりと。

きっと、このメッセージは、今日のお客様だけではなく
色んな人のところに響くものなのでしょう。

勿論、私自身にも、とってもナイスなタイミングでした!
ありがとうございます。

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【ベッキーちゃん】の恐れていること

「〇〇べき」、という発想は、すべて
「恐れ」が動機になっている…

こうして書くと、特にインナーチャイルドセラピー経験者は
ほとんどの人がうなずくだろう。

だけど、実際、気づいていない場合もとても多い。
それくらい慣れ親しんでいて、
それくらいよく活用している。

たとえばセッションで、

「〇〇っていうのはどうですか?」

「〇〇なんかいいかも?」

という表現で「提案」をしたとしても、

そして、その前や後に、しつこいくらい、
「そうする必要はないのですよ」と言っても、

次に会った時には、

「〇〇するように言われたので」

「〇〇しなさいっていうことだったので」

「〇〇した方がいいんですよね?」

という強い表現に変わっていたりする(笑)

そう変えた方がなじみがあるし、
変えておきたい意識が、無意識にそう変換している。

そうすれば、「やってもOK」が自分に出せるのだろう。


逆にその「提案」を受けて、
何ごとも助言されなかったかのように、
自分で考えたかのように言ってのける人達もいて、
それはそれで、ある意味「危険」。

誰かから言われたことだ、というのもわからなくなるほど
コントロールされやすくなってしまっているのだ。


私もさんざんそこを通ってきて、
勿論、今でも、自分でもそれをやっているのに
気づいて、苦笑することもあるけど、
こんな風に「自分」の感性のキーワードを間に入れるだけ、
確認だけでもいいから入れてみるようにするのを
練習して、練習して、一時期失っていた、自分の感覚を
最重要とする習慣を取り戻した。

「〇〇って言われてから、自分で考えてみて
それがいいかもって思った」、

「〇〇と言われたことについて、自分自身に聞いてみたら
イエスだったので」、

「〇〇って言って頂いて、深く感じてみたけど、
どうしても、自分の中からイエスが出てこない」、


などなど、女子の大好きな占いの後でも、リーディングでも、
こんな風に、確認だけでも「自分」というワンクッションを
置くことができるとだいぶ違う。

そこに、自分自身の選択の瞬間があり、
それを意識的にしているから。

でも、そもそもは誰かに言われたことだ、というのは
意識していた方がいい。色々な意味で。


自分の中の「〇〇べき」ばかりを言う担当の、
【ベッキーちゃん】が恐れているのは、
自分のやりたいようにやりたいことをしてしまうこと。
自由な自分を取り戻してしまうこと。

やりたいようにやりたいことをやるのを恐れるのは、
そうすると、「失敗」したり、「嫌われたり」
「傷ついたり」「否定されたり」すると思ってるからだ。

逆に言うと、そういう目に合わないように
一生懸命、必死になって、守ろうとしているのだ。

だからいつも、ベッキーちゃんは、
〇〇べき、を探している。
「正しい」こと、すべきことを探して探して、
探しあてながらも、すぐ次のすべきことを探す。

すぐ、また次なる自分の「問題」を探して、
どうす「べき」か、探り出す。

一つ見つかっても、すぐに疑り出したり
抵抗し始めたり。

だって、そもそも全面的にそうしたいわけじゃ
ないのだから。

インチャイセラピーで言う、抵抗のチャイルドちゃんと
ベッキーちゃんは、まるで裏表のセットのように
近いところにいて、反応する。

「どうすべきか」を常に探っているベッキーちゃんは、
まるで精神世界の探求者であるかのようで、
実に巧妙だけど、その動機は、「恐れ」なんだよね。


そして、このブログに書いてあることも、
自分にとってはどうなのか、というクッションを
置いてみてほしいなと願う。

ベッキーちゃんが、安心して力を抜けるように…

自分の感性で、自分らしく在る状態にOKを出すために…


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インナーチャイルドが教えてくれること

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「人生は、驚きの連続。
意外性を受け入れると、楽しくなるよ♪」

(インナーチャイルド初回セッションにて。)


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「遊びたい!」

「遊びたい!」という声や欲求は、
インナーチャイルドセラピーに限らず
とても大事なものです。

純粋に、「遊び」という意味でもそうですし、
「遊び心」というものの大切さ。

大人になっても、どころか、
大人だからこそ、そして年齢を重ねれば重ねるほど、
この「遊び心」、Playfulness は、
素敵で、大切。
色々な意味で「幸せ」感覚への鍵だと思います。

それが、なかなか許せないだけでなく、
その声があることも忘れてしまっているのが、
大人として、「問題」に「深刻」になっていたり、
忙しすぎて、心に隙間/余裕のない状態。

深刻に向き合うことも、真剣そのものの迫力も
素晴らしいですが、いつもいつも、
「私のやりたいことってなんだろう」とか
「私らしさってなんだろう」などということを、
深刻に突き詰めようとしていても、
その鍵を握っている、小さなチャイルドは
自分の奥の方に押し込められたまま、
出て来れないのです。

そんな大人が、実際の子供達の遊びの大切さすら
忘れてしまって、遊び時間を与えていないとは
それこそ深刻な問題だー!

子供は遊ぶのが仕事!子供は遊びを通して
学んだり、教え合ったり、気づいたり、
創造性を発揮していくんです!
子供から遊ぶ時間を奪うなぁー!

遊び心は、「余裕」であり、余裕は「スペース」であり、
スペースは、「空間」(=から)であり、
白紙であり、埋まっていない予定であり、
決められたプログラムで動くのではない「自由」。

遊び心は、創造性を育てるのだーー!


ハァーハァー…ちょっと興奮してしまいました。


タイミングが合えば、という前提はありますが、
うちのセッションルームには、「遊び道具」が
色々あるので、ご紹介します。

先日、いつも心のエステのような、
インナーチャイルドセラピー的メンテナンスと、
スピリチュアル英会話の個人レッスンの
二枠をご予約されていらっしゃる方が、
ちょうどしんどい感情が出てきた後であるものの、
その日のその方は、私としては、どうも、
それを「掘る」ようなことをしたり
感じ切ることを促したり、そのことを、
真正面から「なんとかしよう」とすることとは
違うタイミングのように感じられました。

そこで、「遊びますか?」と提案したところ、
満面の笑みで、「遊びたい!!」との即答で、
チャイルド登場~~~!


早速、次々、色々な「ゲーム」をして
遊びました~~♪

まずは、知る人ぞ知る(?)、あのドリーン・ヴァーチュー博士の
エンジェル・ボード。

見た目にもとっても美しくて、楽しい、ゲーム感覚で
エンジェル達に質問をしてサイコロで駒を進めながら
「答え」を見ていく「ゲーム」です。

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たとえば、

「旅行に行くとしたらどこへ?」

「ロマンスについては?」

「いつそれは訪れますか?」

「私のサイキック能力は?」

「向いている職業は?」

etc.etc.


当たり前ですが、これのみを全面的に正しいとか、
これが唯一の答え、というつもりでやるのではなく、
冒頭書いたように、子供のような気持ちで
遊びながらやるのです。
いつも深刻になっているこれらの問題も、
なんだか楽しくなってきちゃったりするんです。
しかも、「えーー!!なんでわかるの?!」
といった、「当たる当たらない」の要素も
ちゃ~んとプレゼントされますよ☆

そして、常に答えは、自分自身が自分と
繋がることでやってきていることには
変わりありません。


ひとしきりこれできゃーきゃーいって遊んだあとは、
久しぶりに出してきたのですが、
その名も「Therapy」(セラピー)というゲーム。

こんなゲーム、私、いったい、いつどんな目的で
買ったんでしょう?!…と思ったら、
もう20年近く前ですね、アメリカに
ヒーリングの勉強で通っていた頃、
本屋さんでこの手の「ゲーム」をたくさん
買って、その頃から教えていた、
スピリチュアル英会話(その頃は、ヒーリング英会話って
いってたかな)の教材にするつもりで集めていたのでした。

実際に、レッスンでよく使っていたのを久しぶりに
この日、思い出しましたが、いや~よく出来てる!
これ面白いわ、やっぱり!

昔あった、「人生ゲーム」ってボードゲーム知ってますか?
車の形をしたマイカーのような駒で行なう「すごろく」ですね。
人生における色々な出来事、結婚、出産、就職、etc.の
ステージを通っていって、ゴールインはなんだったっけ?
幸せな老後だっけ?

とにかく、いかにも「アメリカ」らしい感じがするゲームでした。

それに似せた、このセラピーゲームは、
車の代わりに、セラピーカウチと呼ばれる「ソファ」が駒で、
幼児期、青年期、成年、老年期、それを越えた宇宙意識(!)
などなどのステージを、カードをめくってクイズに答えながら
クリアーしていきます。

このクイズがまた、そんなの知るわけないよねぇ?という、
マニアックなセラピー的問題なんですよ~笑
でもいちいち、とても「ため」になるんです。

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前にブログでご紹介したことがあったと思うのですが、
たとえば、「大好きなオモチャを、一緒に遊ぼう、って
使わせてくれるのは、5歳の幼稚園児、1歳の赤ちゃん、
どちらの方が確率が高いでしょう?」

答えは、「赤ちゃん」なんですね~…
赤ちゃんには、自分と他人を分ける感覚がなく、
大好きなものは、皆大好きで、皆で一緒にシェアするのが
当たり前、という感覚がある…という解説が付いています。


これらはすべて、英語のゲームなので、
スピリチュアル英会話の教材として、
皆で遊んでもいいですね~~~!!

このほか、「神との対話」からインスピレーションを得て
グループシェアリングのようなゲームとして作った、
Conversationsというボードゲームなどもあります☆


そして、最後は、言葉を使わない遊び。

「おとつみき」を使って、美しい音色を奏でて
遊びました。

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どれを一緒に奏でても、なぜか調和する音の組み合わせ。

深いですね。何を選択しようとも、高い次元からは、
大きな意識の中では、すべて調和しているのです。
とても奥深い、広大な意識に繋がる感じ。

ハーモニーが響き渡り、いつしか勝手に手が動き、
意識は瞑想状態になっていきます。

演奏後は、いつのまにか、そこに静寂が。


たまには、こんな個人セッションもとてもいいですよ!

このお客様は、この遊びセッションの後に、続けて
スピリチュアル英会話の個人レッスンだったのですが、
それも引き続きハートが開いたまま
今までになく楽しくくつろいで行なうことができたように
思います。

終了時、お客様は、とても晴れ晴れとしたお顔で、
「あ~楽しかった~!」と何度も言いながら、
「何かが解放されて出ていった気がする…」
というようなことをおっしゃっていました。

やってみたい気分になった方は、いらした時に、
どうぞリクエストして下さいね♪

勿論、これら以外のクリエイティブな発想も歓迎!
いつでも一緒に遊ぼ♪


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「しーっ…(^・^)」

またまたインナーチャイルドセラピーのお話。

セッション中、「自分」(普段自分だと思っている意識)ではない、
チャイルドの感情が出てきている、と感じながら
涙したり、怒りの声を出したり、言い分を叫んだりする場面が
多々あります。

クライアントさんが、どれくらいはっきりそれを
意識しているかは別で、
「なんだかわからないけど涙が止まらない」とか、
ちょっと不思議なことが起きている、と、別の
視点の自分の存在を感じながら
感情だけが出てきているのを見守っているような
状態。

それを止めたりせずに、
「子供の分が出てきている」と思いながら、
「大人」の変な判断や抵抗やブロックを越えて、
泣くだけ泣いたり、出てくる叫びを自分の耳で「聴いたり」
していったりします。

不思議なことに、それは「悲しみ」や怒りの傷に
触れた、というよりは、
「安心して泣けるようになった」
「やっと文句を言えるようになった」、
という感覚であることが多く、
傷がえぐられるような辛さとはちょっと違って、
むしろ、根底に「出せて嬉しい」という感じが
伴っていることが多いのです。
それを、どこか客観的に、何が起きているのか
見つめている、という感じです。


先日も、とあるセッションで、
ご本人は、「なぜこんなに涙が出てくるのか、
なぜ、こんなに泣きじゃくるのかわからない」と
言いながらも、そのようなセラピーの状態に
慣れている方なので、そのまま、感じ切り、
出しきって(出させてあげて)いました・・・

その時も、凍らせていた感覚や感情を、
「やっと流れ出させることができる」
「泣いてもいい時が来た」

という意味が大きかったようでした…

それはあたかも、ずっとあまりにも怖くて
泣けなかったり、言ってはいけない、とか
泣いてはいけない、感じてはいけない、と
必死に泣くのをこらえていた子供が、
信頼する状況、安心する状況となって、
わぁーっとせきを切ったように
感情が溢れ出た、という感じでした。


そうやってしばらくすると、これもどんな感情ワークでも
起きることですが、だんだんと、
「波」が引くように、すーーっと静かに
なっていく瞬間が訪れます。


自然に…いつのまにか…涙や嗚咽も止まり…


そして、あの「静寂」が、やってきます。

自然に…いつのまにか…静まりかえっていく空間…


その時、クライアントさんが、
口に人差し指を当てて、

しーっ。。。 って感じですね…」

と、ささやくような、優しい声で言いました。


私も、「ほんとだね、寝ちゃったね…」

と、ささやき声で返しました。


普段の意識だったら、とても変なことでしょうけれど、
そこには、不思議なことに、
本当に、そこに、泣くだけ泣いて
脱力して、そのまま眠ってしまった、
小さな小さな子供がいるのが感じられたのです。

そのまま2人で、しばらく、
目には見えない、その眠ってしまった、
腕の中の子供を、そっと見守っているかのように
起こさないように、
そっと…そうっと…

静かに、静かに、沈黙の中で過ごしました。


抱くものと、抱かれるものが
同時に一つの空間、一人の人間の中に存在している、
この上なく愛に満ちた状態…

こんな静寂、こんなサイレンスも
あるのです…


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