~ 天空の抱擁 ~ Celestial Embrace

人は誰でも心のあるがままで天に抱擁されている…
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「対話」という場の力

震災から1年というタイミングで、
昨日は、友人が主催している、「てつがくカフェ@福島」に
参加してきました。
今、あえて福島で「哲学を」、という、
とても、新鮮で有意義な福島での時間でした。

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実は私自身、大学に入る前、一度ならず、哲学科にしようか
かなり迷った経緯があるのですが、
「哲学」と、「対話」というキーワードに結構、縁があります。

一番最初に直接、エネルギーヒーリングを習った
マイケル・ママス博士は、非常に哲学的な人で、
ヒーリングの技術というよりも、己とは何か、ということに
ついて、「対話」形式の授業を重んじていた人でした。

彼の、「宇宙は、意識が、意識自身を意識することで始まった。」
「つまり、宇宙は、Who Am I?」という『?』から始まった」
という講義はとてもわかりやすく、
今でも私の感覚に、深くしみこんでいます。

あ、話がそれた。


とにかく、その後出会った恩師、
ニール・ドナルド・ウォルシュ氏の著書、「神との対話」や、
ファシリテータートレーニングでやった、
「ハートの対話・ハート・サークル」も、
シャーマニックヒーリングでの、
「ハイヤーセルフとの対話」や、「身体との対話」、
インナーチャイルドセラピーでの、「内なる子供との対話」、
また、大好きな(最近参加できてませんが)、
カール・ロジャースの非構成的エンカウンターグループも、
対話グループの1種、と言えると思いますし、
なんというのか、こうして見て見ると、
やってきたことほとんどに「対話」が入っている(笑)

対話とは何か、と言い出すと、
とてつもなく長くなるのでやめますが、
上記のすべての「対話法」の鍵は、相手が誰であれ、何であれ
(たとえ「神」でも)、自分自身と「対等」であること、
そして、一方的に話すのでなく、相手の話を「聞く」ということだと
思います。

大事なことを書き忘れたので追記:
そして、対話には、普通、操作性がない。つまり、
話しの行きつく先やゴール、結論があらかじめ決められておらず
多くの場合、結果よりプロセス重視。
その場で何が起こるかの、流れを重視する。流れを信頼し
予測してないハプニングに対して受容的。



今回、対話の場である哲学カフェに参加して、
この、年齢や職業、立場や関係性などは関係なく、
参加者は「対等である」、ということと、
相手の話を最後まで聞く、ということなど、
日頃の自分の活動で大事にしていることとの共通項が多かったのも
とても嬉しい発見でした。

が、勿論、それより何より。

その、大事にしてきた「対話」が、
縁のある大好きな福島で、福島の人達と、
「対等」に、自由に話せる場として、
しかも、「311で何が変わったのか」というテーマで
行なえたということが、貴重な体験となりました。

また、福島だけでなく、私のような関東や関西など、
色々なところから多くの方が出席していました。
そんな中で、セラピストとクライアントとか教師と生徒、
大人と子供、「被災した地」とそうでないところとか、
被災した人とボランティアなど支援する側、などの
立場に制約されない、また、「放射能」など話題の制約もない、
純粋に、熱い対話の場でした。

特に、私自身は、普段は、どうしても
「目に見えないものに理解のある者同士」とか
「思考ではなく、感情や感覚重視」のシェアリング、
というスタイルが多いので、
ものすごく久しぶりで新鮮だったのが、
「考え」を話す場であったことでした。

そのままだとどうしても、私自身は、「スピリチュアル」に
行きがちになってしまう傾向はありますが、
意外と、こうして普通に対話をするのも
新鮮であるのと同時に、普段の状態と
それほど変わらないな、というのも新鮮でした。

そして、そこに参加していた様々な年齢の方達の中でも、
若い人達の積極的な発言が大変印象に残りました。

中でも、やはりそこにも、「リトル・ブッダ」がいましたよ~!!
一人でやってきたという13歳の男子参加者の、
臆することない積極性や冷静な智慧溢れる、大人びた話し方には、
心の中で、思わず手を合わせたほどでした。

そして勿論、今、福島に住んでいるということが
どういうことなのか、
あるいは、福島に住んでいないということはどういうことなのか
この1年で何が変わったのか変わらなかったのか、など
実際に福島で話ができたことが、たいへん貴重でした。

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また、放射能関連の話、復興に向けての具体的な話などは、
大変に重要で繊細な話でありながら、どうしたらいいのか、と
話していても、正解も出口もない具体論、感情論になって
しまって収集がつかない場合も多いと思うのですが、
あえて、「考えていること」を交換する場の大切さと
それが持っている、今後の可能性の力を感じました。

このような形で、おだやかに、でも熱く、自由に
語る場である哲学カフェのようなスタイルで
意見交換や対話が、市民レベルでカジュアルに
あちこちで出来ていけば、夢のようなことでなく、
今こそ、そのようなプロセスで
実際に、たとえばどのような人物を政治家に選ぶかといった
意識を磨く場としても、対立を乗り越えて必要な変化を
起こしていく場にも繋がるのではないか、と思います。

普段は、色々なテーマで行っているようですが、
今回のようなテーマ、今後も是非、取り上げて頂いて、
色々な人達に参加してほしいなと思います。

「参加しても、必ずしも発言しなくていい、ただ
聞きに来ただけでもお茶を飲みに来ただけでもいい」
「ファシリテーターが発言者を指名したりすることはない。」

など、普段の私の活動と共通のこのポイントも、
「参加しやすい」「発言しても安心、しなくても安心」な場所に
なっている特徴だと思います。

311前日の、「あれから1年」というタイミングで
参加できて、本当によかったです。

ただ、あとから打ち上げの席で聞いたら、
ファシリテーターはへとへとなのだ、とか。
世話人の皆様、ファシリテーターの皆様、
お疲れさまでした。ありがとうございました。

話し合われた内容など、こちらで詳しく報告されています。

→ てつがくカフェ@福島特別編報告
→ てつがくカフェ@福島

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レクイエム-Samadhi-

1年前、震災後に予定していたダンスイベントを
中止して、
参加予定だった方達を中心に呼びかけて、
その日、それぞれの場所で、
アティシャの「ハート瞑想」(→ ハート瞑想)と、
それぞれの想いをそれぞれの場所で踊る、という
祈りの舞いを行ないました。

その時の想いに寄り添って抱きしめていてくれたのが、
友人でもあり、素晴らしいミュージシャンの
ATASAの、Samadhiという曲です。

彼自身が、「レクイエム」として昨夜、
鎮魂の想いと共に、Facebookに載せてくれていたので
こちらでもご紹介します。

あとは…


静かに沈黙して、

このシタールの音色の中で、
ただ、命の慈しみと共に在ることにします。





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鎮魂花火アーカイブ

先日、こちらでもご紹介した、スコップ団の2万発の花火、
「天国へぶっ放せ!」は、(→3.10を忘れない
「人生で一番感謝すべき日だった3月10日」(by 団長)の夜、
宮城県の泉ヵ岳スキー場にて、無事に終了とのこと。

中継で見れなかった方も、
こちらのアーカイブで観ることができます。
圧巻。そして、こんなに大勢の方が亡くなられたのだと
あらためて実感。
こんなに花火から色々な想いが伝わってくるのも初めてです。

天国に、届いた、ね…。

これからは、3月10日という日、忘れないだけじゃなく、
こんなに素晴らしい日として記憶に残っていくね。
私達と、天国の皆の。



「僕たちの花火の連絡、見えますか。」→ ほぼ日・スコップ団花火特設ページ


そして、本当にお疲れ様でした。
ありがとう、スコップ団。

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3.10を忘れない

間もなく、あの3月11日から1年。

いまだに震災後、行方不明になったままの方達や
家に帰れていない、仕事に就けていない、などなど
被災した方達の状況は、心身共に辛いものが山積。
そして勿論、福島の原発は、収束には程遠いと感じる情報ばかり。

そして、3.11を忘れない、という合言葉のもと、
防災、脱原発関連など様々なイベントが企画されていますが、
一方で、この日の大規模なイベントやデモなどに対しては、
疑問の声もあがっています。
「ご家族を亡くされた方達にとって一周忌なのです、
静かに過ごせませんか?」、と。

本当に、さまざまな立場や想いがあって、
難しいですね…

さて、そんな中でも、これを知っていることは
とても大切だ、と感じるものがあります。

それは、3.11ではなく、

「3.10」を忘れない、という想い。


私が直接知ったのは、
震災直後から、自分達も被災しているのに、
スコップを手に持って立ち上がり、
一般の民家の瓦礫の片付けなどを徹底的に行ってきた、
「スコップ団」の方達の、「天国にぶっ放せ」という、
2万発の花火を3月10日に打ち上げる企画を通して、です。

これも、上記のように、花火のために集めているお金は
他に使い道があるのではないか、など、
当の被災地でも賛否両論だそうですが、
私は、なぜ、3月11日ではなく、10日なのか、
そこに込められた想いに、とても感じ入っています。

2万発の花火とは...震災で亡くなられた魂の分。

花火については、私の義父(夫の父)が亡くなる間際に、
「俺が死んだら、三尺玉の花火を、ぼーんとあげて
盛大にお祝いして送り出してほしい」と
言っていたのが、個人的に、とても心に残っているのもあります。


そして、それを3月10日に行うことについて、
スコップ団の団長のブログには、
私達が、それこそ、忘れてはいけない、
本当に大切な想いが綴られています。

そう。

忘れたくても忘れることができない3月11日ではなく、
決して忘れてはいけない、ずっと覚えていたい、
ありふれた日常の幸せがあった、3月10日への想い、
なぜ、その日に、花火を打ち上げたいのか、の想いです。

(以下、スコップ団・団長のブログより)

→『 避難所から初老の女性を車に乗せて、
私たちの倉庫にお連れした時の話です。

「主人とはケンカなんてしたことなかったの。」

「そうなんですか~。仲良しですね。」

「うん。本当の意味でのケンカはありますよ?議論みたいな。
ちょっとした。それがなくなったら人はお終いでしょ?」

「はぁ。」

「でも、その日は、本当にくだらないことで
意味のない感情上のケンカをしてしまったの。初めて。」

「はぁ。」

「彼は車で、すごいスピードで出て行っちゃって
「行ってらっしゃい」も言わなかったし、行ってきますもなかった。
そのままぶつかって死んじまえ!って思っちゃったの。」

「・・・。」

「そのまま、あの人は、津波で死んでしまったの。
だからね、私の一番の後悔は、
食料や水を蓄えておかなかったことじゃないの。
懐中電灯もなにもいらない。
もし運命で彼が死んでしまう事が避けられないにしても、
愛していたって伝えたかったってことなのよ。」

「・・・。」

「あなたは、何でもしてくれる。本当にありがとう。」

「とんでもないです。」

「でもね、モノじゃないのよ?」

「分かります。分かってやってます。俺もそうだ。」

「私の想いを、いつか天国に届ける企画を立ててくれないかしら?」

「分かった。考えます。チカラもつけます。」

「その時は、私は元気だよって彼に伝えたい・・・。」


これが【天国へぶっ放せ】の始まりです。
お墓へのお菓子やお花。
お供えは、合理的に考えれば無駄な事かもしれません。
でも、人間だからやるのです。
感情があるから、そうするのです。

私達もいつか死ぬ。
その時、感情が残っているのであれば、
私はお供えは嬉しいと感じるだろう。

今回の花火は、お供えです。
雲が邪魔をしても、雲の上まで飛ばせば花火は見える。
スッと生まれて、ドンとキレイな大輪を咲かせて、散る。
まるで人生のようです。

咲ききることが出来なかった方が大半です。
だから、ドンと咲かせよう。

人生のような花火を、一番感謝すべき日だった3月10日に。

僕はどうしてもあげたい。

ゴールのないマラソンを完走することなんて
人はできないから365日経過したら一時休止。
要請が続くようならば、また行こう。
その時は、また【ヘイ!!スコップ団】って呼ぶから、
スコップ団のみんなはよろしくね。

結局俺は、たった一人の方の要望に、
一つ一つ応えていくことぐらいしか出来なかった。
でも、それでもいいんだ。
そんな一人ひとりが集まって、社会なのだと俺は思うから。

二万人の方が亡くなった震災が一件起きたのではない。
一件の悲しい出来事が、二万件も起きたのだ。


賛同しかねる人がいることも知ってます。
でも、それでいいんだ。
様々な考え方があってこその社会。

それでいいのだと思います。

賛同して頂けたら幸いです。
「元気だぜ。」
って伝えよう。
「愛してたんだぜ。」
って伝えよう。』



『 俺達が、生きて、楽しんでるってことを。
あの人達が生きたかった今日を、俺達は生きてるってことを。
線香も大事だし、墓参りもいいけど。

もし天国が空にあるならば。

空に、ぶっ放してやろう。

「俺達は、元気ですよ!」
と、安心させてやろう。

ここら辺で一番高い場所から。

何もなかった3月10日に。
明日、死ぬなんて誰も思ってなかった3月10日に。

一番忘れちゃいけないのは、3月11日もそうだけどさ、
3月10日が、すごく大事だと俺は思うんだ。

今日も10日だった。
明日も10日であって欲しい。
明後日も、明々後日も。

スコップ団は、家に行くとそれを見る。
誰も死ぬ準備なんてしてなかったんだ。

後悔のない毎日にしようじゃないか。

地震が永遠に来ないなんて誰が言えるのか?
いつか、必ずまた来るんだ。
長い長い3月10日を、大切に生きていきたいと、心から思います。

さぁ、ぶっ放してやろう。

アホにしかできねぇ事を、アホがやる。
無意味さの中に、意味がある。

それが、生きてるってことじゃねぇか。』

以上、(スコップ団・団長のブログ:「どうせ地球のチリだからな。」より)



その3.10の花火打ち上げまで、あと1週間ですが、
3000万円かかるというこの花火への想いに賛同して下さる方は、
(まだ間に合うのかな?)
この企画に全面協力を表明している「絆JAPAN」の有田氏の
呼び掛けによって、賛同団体との協力で創られた
Tシャツを購入することで、支援することができます。
(私は購入しました)
→絆JAPAN

また、スコップ団のブログから、直接、寄付することもできます。


震災直後から休みなく活動し続けてきたスコップ団は、
この、3月10日の花火打ち上げ終了と共に、
活動を休止するそうです。

彼らの最後の活動という意味でも、
心から応援したいです。

<スコップ団の活動の様子>

→「ありがとうスコップ団」



→「OH!バンデス スコップ団」



忘れない。彼らのことも。

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「私がふくしまに暮らすということ」

今日ご紹介させて頂く文章は、吉田 麻里香さんという、
福島在住のセラピストの方が書かれたフェイスブックの「ノート」から、
読んだ方達によるシェアの輪が広がって、今、
日本語のみならず、数か国語に翻訳されているそうです。

ご本人の文章にある通り、福島在住の方達を代表する声として読ませて頂くのではなく、
一人の「お友達」から、真の想いを聞かせて頂いたような気持ちになりました。
そして、だからこそ多くの方に、この大切な想いを聞いてほしい、と
感じ、ここでご紹介させて頂くことにしました。

吉田 麻里香さん、ありがとうございます。


あの日から、間もなく11か月...

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2012年1月12日 私がふくしまに暮らすということ.

作成: 吉田 麻里香 日時: 2012年1月14日 13:19 ·
.

このノートは、原発事故から10ヶ月目にあたる1月12日に記したものです。当初は限定された関係性/サークル内のみで公開しましたが、予想しなかった「シェアしたい」というご要望を少なからずいただき、ノートという形にまとめ公開することにしました。

ノートという形で保存するのは、「今」しか持ち得ない私だけの気持ちを、タイムラインに流してしまうことに私自身が寂しさを感じたからでもあります。

公開にあたり、追記したいことがあります。

このノートが私の個人的な「気持ち」「感じていること」を記したものです。文中にもありますが、何かを代表する積もりも誰かの代弁をするつもりもありません。

私は福島県在住ですが、「比較的」放射線量の低い地域に住んでいます。私より危険な地域で暮らすことを選んでいらっしゃる方、余儀なくされている方は多数おられるでしょう。このノートを読んで、もしかしたら「『安全な』地域に住んでいるくせに」「過剰反応してるのではないか」という感想を持たれ、不愉快になる方もいらっしゃるかもしれません。その場合は、そっとこのノートを削除してください。

いくら「安全」と言われても、私は怖い。私は怒っています。そして私は不安です。それはおそらく放射線量が高いから/低いからというだけの問題ではなく、「事実」として提示された情報が何度も覆されたことによる恐怖や怒りや不安です。その率直な気持ちは、誰が否定しても私の心の中に存在しているのです。そして、その感情を認めてこそ、いつかしっかり昇華できるものと信じています。

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ふくしまで暮らす、ということ。

わたしが、ふくしまで暮らすということ。

わたしにとって、ふくしまで暮らすということ。



たとえば、朝起きて窓を開けて深呼吸する習慣がなくなったこと。

たとえば、洗濯物を外に干せないということ。

たとえば、庭の畑で採れた野菜を捨てるということ。

たとえば、私が何も言わなくても線量計とマスクを身につけて外出する娘の姿に胸がチクっと痛むということ。

たとえば、この真っ白な雪に触れられないということ。

たとえば、「がんばろう福島」のスローガンに時々微かな苛立ちを感じるということ。

たとえば、いつのまにか呼吸が浅くなっているということ。

たとえば、福島に住んでることを誰かに話すとき、
「でもうちはまだ線量が低いから…」ときかれてもいないのに説明してしまうこと。

たとえば、ふくしまには福島とFUKUSHIMAがある、と感じること。

たとえば、ふくしまに「とどまれ」と言われると「人の命をなんだと思ってるんだ!」と言いたくなり、
「避難しろ」と言われると「そう簡単に言うな!こっちにも事情があるんだ!」と言いたくなってしまうこと。

たとえば、6歳の娘が将来結婚できるかが今から心配になってしまうこと。

たとえば、ふくしまに住んでいるという選択の責任を放棄したくなること。

たとえば、わたしたちの日常が誰かの犠牲と努力によって保たれている薄氷のような「安全」の上に
成り立っているという当たり前の現実を、毎朝腹の底から理解するということ。

たとえば、明日にはこの家を遠く離れるかもしれない、と毎晩考えること。

たとえば、それでも明日もこの家で暮らせますように、と毎晩祈ること。

とにかく、娘の健康と幸せを祈ること。

あの黒煙が脳裏から離れないこと。

それでも、毎日をそれなりに楽しく暮らしていることを、誰かにわかってほしいということ。

毎日、怒ること。

毎日、祈ること。



ふくしまを代表するつもりも代弁するつもりもありません。
これがわたしの、わたしだけのふくしまで暮らすということ。

今日が、ふくしまにとっての10ヶ月。

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以上、Facebook・吉田 麻里香さんの「ノート」より


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「女たちの座り込み」行ってきました

先日、告知としてお知らせした、「原発いらない女たち」の経産省前女子会に、
日曜日の昨日、ほんの数時間ですが、行ってきました。

本当は、先週行われていた「福島の女たち」の座り込みに
是非行きたかったのですが、思い立ったら即動いてしまう、
この私の行動力を持ってしても、どうにもこうにも時間が取れず、
行けなくて、とても残念でした。

昨日は、雨模様で、官庁街の日曜日ということもあってか人も少なく
予想より静かな印象でしたが、それだけに、
「福島の女たち」からバトンを受け取った、「全国の女たち」の決意が
ひしひしと伝わってくるようでした。

前述の記事にも書きましたが、私が一番声を上げたいことは、
後始末の方法も知らない技術を扱っていて事故を起こし、
そのデータを正しく伝えることもできないこの国とマスコミの
虚偽の報道、後手後手の対応が、不必要な混乱と不信を招き、
それどころか、不必要な犠牲を強いている、という点。

特に、母親たち、子供達への配慮がまったくされておらず、
子供達の未来は勿論ですが、貴重な「子供時代」という「今」が
めちゃくちゃになってしまっていることに対し、
声を上げたいという気持ちでいっぱいです。

私は、この国は、もともと、家庭や学校での教育の場においても、
年下、若者、子供を「下」に見る傾向が強く、
彼らへのリスペクト&愛が足りない、と思っています。
その結果として、情報開示が後回しになるなど、致命的な事態を招き、
子供達を犠牲にすることが平気でまかりとおってしまっていて、
このままではいけないと気づいても、国家や組織のメンツなどから、
軌道修正すらできない状態でいる、と感じています。

それは勿論、セラピー的視点からは、自分自身を否定したまま育ち、
自分を真に受容、肯定していないままの「大人」達が、
親や教師、国家やマスコミ、社会のあらゆる部分において、
大半を占めてしまっているからでしょう。

健康面での子供達の未来も勿論心配ですが、私は、子供達が「今」、
ありとあらゆる大人によってたかって、つらい想いを強いられていること
不信を植え付けられていること、自由に遊べない、安心できない不自由さの中、
不安を感じさせられていることに声を上げたく思います。


私は、その昔、テレビ局のアナウンサーから希望して報道記者になり、
退社する直前は、当時の通産省(今の経産省)担当でした。

また、報道番組の中で、チェルノブイリ事故を扱う企画を出して、
東京電力がスポンサーだ、ということでかなり物言いがつき、
自分の未熟さが一番の原因ではありますが、
思っていた内容では放送できなかったという、悔しい経験もあります。

そして、その頃の反原発運動などに関わっていた友人達同様、
今回の福島の事態を招いてしまった、止められなかった、という思いがあります。

それだけに、勿論、それぞれ、少しずつ主張や論点は違うかもしれませんが、
いま、「女たち」が声をあげること、
それも、昔のような、男達と張り合う形ではなく、今のアクションは
平和的な女性性のエネルギーで行われることに注目していますし
応援したいと思っています。

2年間、通産省の、男性性優位の記者クラブに毎日通っていた身としては、
まったく違う立場、視点で、同じ建物の前の「女たちの座り込み」を
体験することになろうなんて、夢にも思ったことはありませんでした。
そういう意味では、時代は変わった、と思います。

昨日(日曜日)は、俳優の山本太郎さんも応援に来ていました。
ツイッターでそのやりとりもフォローしていますが、
実際、現場にいらしても、彼は本当に真摯に、活動している女性達の話に
耳を傾けていて、その謙虚で熱い姿勢に頭が下がりました。

ほんの一言二言、間近で言葉を交わさせて頂いたのですが、
なぜか、ヒマラヤとかブータンの、美しい瞳をした子供達が思い浮かび、
それはそれは澄んだ輝きをたたえた目をしていらして、驚きました。

【賢者の子供】が、宿っているのかな…と、手を合わせたくなったほど。

昔は、もっと男性的な印象があったのですが、変な言い方ですが、
とても豊かで繊細な女性性エネルギーをお持ちだからこそ、の
今の活動なのだろうと思います。

少なくとも日本は、もはや、手段を選ばずに、ただ「変革」を
求めるような時代ではなく、どのようなエネルギーで(2重の意味の「エネルギー」)
変容を起こしていくのか、が、今後の新しい時代を創造していく上での
大きな鍵となっていくのだ、それには、やはり、女性性の時代にならなくては
いけなかったのだな、と実感しました。

女性の時代、ではなくて、女性性の時代です。


「全国の女たち」座り込みは、11月5日まで続きます。 →ブログ


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山本太郎さん
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湯川れいこさん

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「原発いらない福島の女たち」

「女たち」が立ち上がった!そして座り込む。

経産省前"女子会"(=座り込み)

10月27日~29日 「原発いらない福島の女たち」
10月30日~11月5日 「全国の女たち」

広島や富山など全国各地において、同じ日程で、
続々と、「女たち」による連帯の座り込みが、予定されているそうです。


「『原発いらない福島の女たち』は、
「福島から100人の女性たちが霞が関に向かう」という目標で
スタートしたアクションです。」(主催者ブログより)


原発が必要とか必要じゃないとか、
内部被ばくの影響とか、避難・疎開するべきとかそうでないとか、
これらのことに、私自身は、「正解はこれ!」という表現で
叫ぶことはできません。

でも、ひとつはっきりしているのは、
実際に、地震、津波、そして原発事故と大変な被害に遭い、
その後もずっと、生きる上での選択の難しさの真っ只中に置かれている、
お母さん達、女性達が、声をあげる時が来ており、
これ以上、情報が後手後手に回るようなことが
許されてはならないということです。

どこかにも書いてありましたが、
「被曝する可能性があります」という情報を出して、
後から、「ありませんでした」と言われるのと、
「大丈夫です。影響はありません。」と言っておいて、
「やっぱり被曝してました」などと、後からデータを出されるのは
とんでもない大違いであり、今の日本では、この後者が、
堂々と国によって行われ、まかりとおっていて、
そのことによって、一層の不信感や混乱が起きていること。

その不信感や混乱が、お母さん達の心に、
そして子供達の「今」に与える影響を
このまま、黙って見ているわけにはいかないと感じています。

とは言いつつ、私にできることは限られていますし、
直接このことに働きかけることだけが、唯一の有効な手段とは
思っていません。

が。

この、「経産省前女子会」という副題のついたこのアクション、
私の感性が共鳴していますので、微力ながら
サポートの意思を表明させて頂きます。

→「原発いらない福島の女たち」
→「全国の女たち」

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東日本大震災チャリティーイベント 「ガイアシンフォニー上映会①~⑦ x 2回

おはようございます♪
あまりの暑さに、朝から汗だくだくですが、なんだか今日は
起きた時から、森羅万象への愛しさでいっぱいです。

そしたら、マイミクの、あ~さ~☆さんの日記に
こんな素敵なイベントが紹介されていました。

1日に2回の上映など、主催者の方の熱い想いを感じて、
私もご紹介させて頂きたくなりました。

私もまた見に行きたいな。

完璧なタイミングだ…と、強く感じます。

(以下、あ~さ~☆さんの日記から転載)

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実穂☆MissionLinksさんの日記から転載

龍村仁監督の、ガイアシンフォニーがこんなハイペースで上映されるのは
今回限りかもしれません

東京近郊の方で、ぜひ、都合が合う方はどうぞ~

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先日、ガイアシンフォニーの上映会があり、自分でも開催したいと思いました。
そしたら身近にいた人たちがほぼ同時に同じことを思っていました。
思わぬ速さで上映会をする流れになりました。

それも、8月12日から30日の間に第1番から第7番までを2回ずつ。
ちょっと無謀ともいえる企画ですが、みんなで作っています。
 
素晴らしい映画ですので、ぜひ観にいらしてください。

最初の回の方が空いていると思いますので、早い回がおすすめです。

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一陣の風とすれちがうとき、
聴こえる声があるとすれば・・・?

熱気を冷ましてくれる一筋の風を、
いつになくはっきり感じるこの夏、
地球交響曲〜ガイアシンフォニー〜を
第一番から第七番まで一挙に上映するになりました。


「いつか観よう」と思っていたあなたも、
「『地球交響曲』って名前が聞いたことがあるけど…」というあなたも、
「最近の自然現象、他人事に感じられない!」というあなたも、

ぜひこの機会に地球交響曲を体感しにお越しくださいませ。

◎地球交響曲〜ガイアシンフォニー〜とは?
『イギリスの生物物理学者ジェームズ・ラブロック博士の唱えるガイア理論
 「地球はそれ自体がひとつの生命体である」という考え方に基づき、
  龍村仁監督によって制作されたオムニバスのドキュメンタリー映画シリーズです。

  1992年公開の「地球交響曲第一番」から2010年公開の最新作「第七番」まで、
  草の根の自主上映を中心とした上映活動だけで、
  これまでに延べ、240万人に上る観客を動員、その数は今なおとどまることなく、
  かつてないロングランヒット作となっています』

 ☆地球交響曲公式ホームページ
  http://gaiasymphony.com/gaiasymphony/guide より
  (上映内容詳細も上記のページからご覧ください)

<上映スケジュール>
8月
・12日(金)19:00- 第二番
・13日(土)13:00- 第二番
・13日(土)18:00- 第六番
・14日(日)13:00- 第三番
・14日(日)18:00- 第七番
・17日(水)19:00- 第四番
・19日(金)19:00- 第一番
・20日(土)19:00- 第三番
・21日(日)19:00- 第四番
・22日(月)19:00- 第一番
・26日(金)19:00- 第五番
・27日(土)13:00- 第五番
・27日(土)18:00- 第六番
・30日(火)19:00- 第七番
※受付開始は上映開始時間の30分前

<参加費>
1,000円(税込)
(フィルム使用料500円+東日本大震災へのチャリティー500円)

<会場>
「ハンドレッドスクエア倶楽部」
東京都台東区浅草橋5-3-2秋葉原スクエアビル7F
(秋葉原駅から徒歩8分・浅草橋駅から徒歩5分)
地図: http://100square.jp/map

【 ↓お申込はこちらから↓ 】
http://my.formman.com/form/pc/85qrnd5X31q7zQy1/
(携帯・PC両方からお申し込みいただけます)


<主催>
■文化創作活動プロジェクト
「ミラクルパーティー」
 http://miracleparty.jimdo.com/

<協賛>
■「ハンドレッドスクエア倶楽部」
http://100square.jp/map

<後援>
■グローバルライフスタイルスクール
「グレースアカデメイア」
 http://graceakademeia.com/
■世界規模の新たな教育機関を作るプロジェクト
「アカデメイア21」
http://graceakademeia.com/Grace_akademeia21.html/

-*-<お問い合わせ>-*--*--*--
文化創作活動プロジェクト
「ミラクルパーティー」
http://miracleparty.jimdo.com/
gaia.miracle@gmail.com
-*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*-

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初めてのボランティア・バス

震災から3か月。

日頃から、情報だけは大量に追っているので知っていたのですが、
ご存知の通り、震災の被害に遭われた地域は、
まだまだ復興の道のりも険しい中、
いまだに支援物資や義援金が届かないところや
飲料水確保にも苦労している場所も多く、
力強く復興への道を歩んでいるところもあれば、
まったくめどのたっていないところもたくさんあり、
広大なエリアでの長期化する、さまざまな問題は、本当に深刻です。

物資を送るなどの後方支援は、とても大事な支援ではありますが、
どうも、それに徹しようとすると、あまりの現状に、
「なぜ政府はもっとしっかりやらないんだ!」と、
情報が入ってくるたびに、腹が立ったりしてしまい、
いつのまにか、自分が何もできないというイライラまでも含めて、
国の責任にして、怒り狂っている自分に気づきました。


そんな中、被災地での人手は、まったく足りていない、ということで、
短時間でも、少人数でもいいから来てほしい、という要望を
見るにつけ、ずっとずっと気になっていました。

そして今回、初めて、自治体(今回は、神奈川県)主催の
「ボランティアバス」があるのを知り、宮城県東松島市に、
夜行日帰りという短い時間ですが、ようやくお手伝いに行くことができました。

いま一番急がれていて、応援も必要な作業の一つが、
ヘドロの掻き出しや「瓦礫」処理などというのは知ってましたが、
実際に、事前の研修で配布された、用意するものリストの中に、

「ヘルメット、防塵マスク、ゴーグル、ゴム長手袋、
釘踏み抜き防止用中敷き入りの安全靴、長靴、救急セット」

などなどがあるのを見て、かなりものものしい重装備になるんだなぁ、と、
身がひきしまりました。

このような装備での活動は、フジテレビ時代に
災害現場を取材していた頃以来で、初めてではないのですが、
年齢、体力ともについていけるかどうか、若干の不安もありました。


でも、現地では、梅雨に入る中、更なる土砂災害への危惧もあったり、
夏の猛暑までに、できるだけ終えたいだろうから、急いでいる…

私などが行っても、なんの足しにもならない、と以前は思ってましたが
色んな方のブログを見たりして、泥出しひとつでも
大勢で行うことで、少しずつ進めていくしかないのだと実感し、
本当に泥の一かきでもいいから、やってこようと決意しました。


スケジュール上参加が可能で(お客様にまで調整をお願いしてしまいましたが)
タイミングが合う今回、どうしても、ほんの少しでもいいから
「現場」に行ってお手伝いしたい、という気持ちが強かったので、
足手まといにならないようにしよう、とだけ
しっかり言い聞かせて、準備万端で、参加させて頂きました。


この、ボランティアバス(通称・ボラバス)は、毎回、
あっというまに定員に達するほど参加希望者が多い、ということで、
事前の説明会の時から、色々なところから集まってきた人達を見て、感無量でした。


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6月10日(金)夜、21:00、集合場所を後にします。


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仕事や家の事情で短時間しか行けない、とか車を持っていない、など
想いはあってもなかなか長い時間の参加はむずかしい人達、
それぞれ単独で参加している人が多く、リタイヤした人、サラリーマン、
学生、主婦、など、年齢も職業も様々な、老若男女総勢70名、
バス2台に分かれて出発です。


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途中、トイレ休憩、仮眠休憩などを取りながら、


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早朝、東松島の目的地に着きました。


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今回の活動場所となる地域のボランティアセンターがある「陸前赤井」。


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小雨がぱらついています。おかげで気温はそれほど上がらなそうです。

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だんだん人が増えてきて、活気が出てきます。

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神奈川県だけでなく、現地は勿論、他の地域や団体の人達も増えて、
今日の作業の内容や場所について説明を受けます。

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スコップなど道具もそろいました。


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そして、土嚢袋。 さあ、いよいよ作業開始。

今回の作業は、住宅街の側溝の泥出しです。


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一口に、側溝といっても、ものすごい量のヘドロが、いっぱい詰まっていて、
最初、住宅街の一角をぐるりと一周するのは結構大変な距離に思えました。


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しかも雨が降っていて、ゴーグルはくもるし、スコップ自体も、
水を含んだ泥を詰めた土嚢袋もかなり重く、
女性同士でペアを組んでいた私達では、ほんのちょっとしかできない、と、
一瞬泣きそうになりましたが、いつのまにか、自然に、
屈強な男性達が中心になって、どんどん泥を掻き出し、
それを入れる土嚢袋を持つ人が次々交代していく、という流れが出来てからは、
あっという間に進んでいき、最後の方は笑顔も出始めました。


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あ、これは私です…マスクを汚してしまって、鼻の頭の黒い犬みたいだ~(^_^;)


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でも、あんなに小さいステップが延々に続くかのように思えたのに、
大勢でやることで、いつのまにか、側溝は、綺麗になっていたことに
本当に感動しました。何百袋という土嚢袋。。。

どんなに想いがあろうとも、一人では、バラバラでは、これは無理でした。

住民の方達も、それはそれは喜んで下さって、
「これは私達だけじゃ無理だったからねぇ。本当にありがとう。」と。

今までも、これからも、彼らのご苦労は、こんなものではないでしょうに、
私達をねぎらって下さって、本当に頭が下がる想いでいっぱいでした。

でも、逆に言うと、こんなに大勢でも、この一角なのです。

ここでもまた、ここに至るまでのベースが出来るまでをやって下さった、
自衛隊や、最初に何もないところから始めて下さったボランティアの方達の
多大なるご苦労と愛情に、心から感謝と敬意を捧げます。

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津波被害のひどかった地帯です。それでも「瓦礫」はほとんど撤去されています。

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遠くの方にも、漁船が乗り上げているのが見えます。


申し込んだ時には、まったく意識していなかったのですが、
作業をした6月11日は、震災からちょうど3か月。

今回、本当に本当に、ほんの少しでしたが、お手伝いが出来たこと、
心から、行ってよかったと感じています。

スタッフの皆様も、全員ボランティアで、なおかつ現場でも
ご自分達も同じように作業をしながら、ここまでの準備・手配、
様々な気遣い、本当にありがとうございました。

もしも、現地に行きたいけど何もできない、と思っていらっしゃるなら、
(そういう方はとても多いと思います)
今は、むしろ、現地のニーズも多岐にわたり、個別の区画とかお宅単位で、
細かい対応が必要になってきているからこそ、
個人ベースで参加して出来ることや機会も増えているといえるかもしれません。

東京、神奈川は勿論のこと、関東だけでなく、西日本も含め、
全国の自治体でボランティアバスを出しているところがあるようですので、
是非、各自治体のホームページなどチェックなさってみて下さい。

神奈川県も、今後、横浜市など、市町村単位でのボランティアバスや、
日帰りだけでなく、何泊かする企画も出していくそうです。

広大な地域ではあっても、結局は、縁のある場所や人々に
自然に導かれて関わっていくのであり、それでいいのではないでしょうか。

私は、今後も機会があれば、また参加したいと思っています。
「やりたいこと」「やれること」「やらねば、と感じること」の
3点のバランスを、自分の中でチェックしながら、無理のない範囲で、
私なりの関わり方を、継続していきたいと思います。


アムリタ_映蓮



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福島に行ってきました

ツイッターやミクシィではつぶやいていたのですが、
このブログでは唐突かもしれません。
先週末、福島に行ってきました。

今頃、何をしに?と言われると、困ってしまうのですが、
一番大きな理由は、なんといっても、単純に、

「行きたかった。まずは一度行かなくちゃ、と思ったから。」

福島は、他のいくつかの場所と同じように
私にとって、とても特別な場所で、
私が、人生で二回、大病をしたり怪我をした時に
ラジウム温泉や、整体や、自然の風景に癒してもらった場所でもあり、
フジテレビ時代に取材で何度もお世話になったこともあり、
福島から毎月、うちのサロンに通って下さったお客様もあり・・・

と色々ご縁があるのですが、
とにかく個人的に、愛着を感じる場所だったのです。

その福島が、今回、地震、津波、その上に放射能という
ものすごい災難に見舞われている…

福島市内などでも実際は線量が高い、という情報も勿論知っていたので
放射能の影響に対する不安がなかったといえばウソになります。
そういう意味で、無謀だと言う人もあろうかと思います。

何ができるだろうとか、自分が何かできることをしようとか、
そんな想いがなかったわけではありませんが、
今回は、とにかく、行くこと。
大好きな場所に行かなければ、と。

それも、東北新幹線も運転を再開し、
自衛隊や、初期のボランティア活動をしてくれた大勢の方達の
決死の努力で、私のような者でも行ける状況にまでして下さったからこそ
可能になったタイミングなので、行く前から感謝の気持ちでいっぱいでした。

とにかく、私自身が行かずして、私自身の体験なくして、
単純に、福島のことを危険とか避難した方がいい、とか
これ以上、聞き続けたり、言い続けたりしていたくなかったのです。

だって、すべてわかったとしても、
そこに住み続ける選択をしている人達がいるのだから。
出たくても出られない(と感じている)人達もいるのだから。


今回は、福島在住の大切な友人の申し出に甘えて、
車で案内して頂き、とにかく、「福島に起きたこと」を、
ほんの少しでも、自分の五感で、体感してくること、
住み続ける選択をする、あるいは、しなくてはならない人達の
今の状況に対する気持ちに少しでも寄り添いたかったのが、大きな目的でした。


そうはいいつつ、気持ちだけで走ったというわけでもなく、
この震災以降、すぐに購入していた、簡易ガイガーカウンター(中国製)も
念のために持参し、素人の測り方ではありますが、
要所要所で測定したりもしてみました。


新幹線で、郡山が近づくと、急に涙が出てきて、
ああ、やっと来れた…という感慨深さでいっぱいになりつつも、
同時に、冷静で客観的な私も顔を出し、線量計を出して電源を入れてみました。
(私は使い方をちゃんと熟知しているわけでは
ありませんので、具体的な数字は、客観的「記録」としてではなく、
私個人の比較の目安としてのみ書きます


すると、やはり、色々な人のブログなどでも見ていた通り
新幹線の中にも関わらず、数字が上がり始めました。

横浜の自宅(大体0.10μSv/h)では
見たことのない数字にすぐに達し、
福島に着く頃には、1.79という数字を見ていました……

やはり、福島市は、放射線量がかなり高いというのは
周知のとおりの事実だったのです。


その後、福島~相馬~南相馬 と、車で連れて行って頂きました。

そこには、やはり、もう震災から3か月たとうというのに
言葉を失って立ち尽くしてしまうような、津波被害の跡が
まだまだたくさんありました。

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テレビや写真で見るのと実際にその場にいるのでは
本当に違います。
一番浮かんでくるのは、「?!」という、強烈な、
言葉にならない、意味がわからない、
何を見ているのか理解できない、という衝撃でした。

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民家の間に、ど~んと立てかけられたように漁船があったり、
バスや車が、水の中に横転したままだったり
流されてきた家がそのまま、中は空っぽの状態でそこにあったり…


必ずしも海の「近く」ではないところに
広大な「水たまり」があり、それ以外は何もない。

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だだっぴろい場所の中に、うずたかくそびえ立つ、
「瓦礫」の山…(でも、本当は、瓦礫なんかじゃない。
大切な、ふつうの家財道具や建物や田んぼや畑だったのです)

延々と続く、「何もない」光景。


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でも、私が今回行かせて頂いたタイミングでは、
何よりも強く感じたのは、
ここまで片付けるのに、どれだけの、本当にどれだけ多くの人の、
どれだけの苦労と労働と、悲しみと憤りと絶望があったのか、ということ。

それをここまでの状態にするのは
どんなに大変だっただろうと…

実際、同じ時期に同じ場所に行かれた人のブログの中には、
「まだ何も復興していない」とか、
「いまだにこんな状態で大丈夫なのか」などの
記述も見られました。

想像を超える広大なエリアの話なので、
現状は、場所によって大きな格差があるのも事実でしょう。

でも、私が率直に一番感じたのは、上記のような、
想像を絶する災害に、想像を絶する驚愕の労働力が注がれ、
その一部だけを見ているのだとしても、
ここまでたどりついている、ということでした。

ここでは道路も復旧されて、私はこうしてここに立つことが出来ている・・

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道路脇に、「自衛隊さん、ボランティアの皆さん、ありがとう」と
書かれた木の板を見た時は、胸がいっぱいになりました。



その後、福島市に戻る途中、あの飯舘村を通過しましたが、
やはりこの付近では、アラーム(2.5μSv/hに設定)がけたたましく
鳴り響くことが何度もあり、途中、最高で「7.〇」という数字を
見た気がしましたが、ほんの一瞬で、すぐに2.いくつに下がりました。
(勿論、それでも高い)

車で走っていたということもあるのですが、
いわゆるホットスポットというのがやはりあって、
ある一帯がずっと同じ数値なのではなく、突出したポイントがあって
その付近であっても、がくんと数字が下がったりしていました。

さすがに人を見かけることは少なかったものの
そんな中でも洗濯物が外に干してあったり
自転車で走る若者がいたりという光景は、
なんともいえない気持ちになりました…


それでも、「そんな福島からなぜ避難しないの?」という声を
この場所で上げるのは、とても重いと感じました。
ほんの二日、福島にいただけで、
私は、それまでの、自分の中にもあったその声に対して、
「うるさいなーわかってるよ!」とか、
「それなら、目に見える何かを示してくれないと」という声が
自分の中から上がるように思いました。

せめて、ガイガーカウンターを、一人一人が無理なら
一家に一台でもいいから配らなければ、
感覚として、何一つ確認できるものはないのです。
それなのに、ただ外部から、危ない、避難しろと言われても
身体ですぐに危険を実感することができないどころか、
安全も実感できないのです。

それでも、線量計では、こうして数値は見えるけれど、
実際には、空も青く山も相変わらず美しく
人は優しく、何も変わっていないと感じてしまうのは、
ましてや、そこに長く住んでいれば当然のことだろうと
思いました。

勿論、小さいお子さんや赤ちゃんがいらっしゃる方達は
疑問の余地もなく、見えないからこそ、早く出た方がいいに
決まっています。

でも、それ以外の人達が、県外への移住を決める、というのは
本当に大きな決断であり、とても繊細な気持ちの問題もあると思います。

そして今や、関東をなぜ出ないのか、
日本をなぜ出ないのか、という問いと向き合う状況にすらなる中で、
今この瞬間、私から出てくる答えは、
「ここ(この国)が好きだから。愛しているから。」

この国の政治や社会保障や慣習やそんなものを愛しているのではない。
国民として自分もその一部であり、責任を負っている一人だとはいえ、
どうしても、がっかり、失望が強まり、憤りや諦めが募るのは否めない。。

では、なぜ愛しているのか、口でうまく語ることが出来ないから…
だからやっぱり、愛しているから、なのだと思います。

そして、スピリチュアルな表現をあえてさせて頂くならば、
今生で、この時代、ここにいることに、きっと意味があるから、
それを確信しているから、今は、まだここにいるのだと思います。

勿論、やるべきことがあるから、なのだろうとは思います。

それがたとえ、ここで楽しく笑っているだけだとしても、
踊りの歓びや自由を表現しているだけだとしても、
きっとそれが、私がここでやることなのだとしたら、
それがなんであれ、自分自身でいるというだけでいいのだと思います。


もう一つ、理屈ではなく、今回、確信に近い感覚で
感じたことがありました。
感覚的なことなので、説明はできないのですが、
あえて書きます。

それは、福島は、きっと、きっと、愛と輝きに溢れる、
希望の最先端を行く場所になる。

大きなエネルギー変革が、福島から、熱いエネルギーとして
広がっていく。

いつか、たくさんの、夢と希望が、福島から、
この日本から、生まれ始める。


新しい時代、新しい人類、新しい生命の在り方、
真の癒し…真の絆…たくさんの未知の可能性…


今は、まだまだそんなことを言っていられる場合ではないですし、
現実に起きている深刻な問題に対処しなくてはいけないことも
充分承知しつつも…

たとえ、これが私個人の希望的妄想?だとしても…
ずっと先の遠い未来の話だとしても…

日々、状況は変わり、私の中も揺れ続けるけれど、
今回の旅では、私が空気の中にたくさん感じたのは、
放射能よりも何よりも、人の優しさや愛だったから、
誰が何と言おうと、それを想像/創造することを選択します。


アムリタ_映蓮



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