~ 天空の抱擁 ~ Celestial Embrace

人は誰でも心のあるがままで天に抱擁されている…
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『癒す』から『活かす』時代へ

以前からセッションなどではお伝えして来てて

ブログでも過去に何度か書いているけれど

本当に今、傷を癒す時代から、傷を活かす時代に移行しつつあると思う。

少なくとも私や私の生きる世界では。


傷を完璧に癒そうとして
治るまでは動き出せない時代は終わって

傷跡はそのままに

むしろ傷跡は 自分らしさの大事な一部だったりする。

それが古傷として 時に痛むことがあっても

慌てて それを癒さなくちゃ、と後戻りしたりする必要はない。

そんなときは 少し 休むだけ。

昔は、「いつ、どこで、誰に、何に、傷つけられたのか、なぜそうなったのか」に
ものすごく時間をかけて、見ようとしてみたり
分析してみたり
「リーディング」してみたり
「対話」してみたり
といったことに費やしていたけれど

もう一つ、

傷には、「なんのために」、という目的があるから
傷跡は残ることになっているのだ。

原因じゃなくて目的を思い出すために。


もっとも深い傷、もっとも癒しが必要だ、と感じた傷は
実は もっとも自分らしさを表している部分なのだ。

そのことに気づいたら

いや ただ そう知るだけで

今 その傷を 活かすには

その傷を持つ自分を むしろ讃えながら
前に進むのだ。


病気や怪我もそう。

これを言うと、いろんなことの逆を言うようだけど

病気も原因ばかりに焦点を当てて
治すことばかりに躍起になっていると

自分の場合も人の場合も
その病気が持つ目的が見えなくなってしまう。


治らなかった人がダメな人というラベルを貼ってしまう。

癒さなかった人は 癒えてない人というラベルを貼ってしまう。

そんなことをしていては
人間の偉大な魂の姿を 感じ取ることはできない。

完璧なる魂の計画を 讃えることができるのは
それが全て完璧だと受け入れることができた時。

いや 受け入れられなくても 完璧なのだ。


その傷を抱えて
その病気になって

どう生きていくのか

どう それを
その経験を 活かすのか

もしくは

どんな風に
勝手に それが 活かされていくのか

心配したり
干渉したり
介入したり
なんとかしようと焦ったり
あがいたり するばかりでなく


心の奥で 讃える

この全ての 完璧な仕組みを

その傷が
その病が

本人に 何かを教えるだけでなく

その周囲の 全ての人にとって
関わる 全ての人にとって

大切な意味と 役割を
果たしているということを

讃える

讃える

ただ 得る


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無邪気さを取り戻す時

貴女の中の

長い長い間の

正か誤か

善か悪か

是か非か

二者択一の死闘

主導権争いが

終わった時


その後ろに隠されていた

「本来そうだった貴女」との

「感動の再会」 など ない


それはあたかも

何ごとも なかったかのよう


ただ いつも ずっと 貴女は 貴女だったこと

何も 変わってはいないこと

それは 気づきとしてすら

感じられないかもしれない


いつのまにか もっとも

自然な貴女が いることに

気づくだけ


真の平和が 訪れた時

私達は 歓喜にむせび泣いたりするだろうか


何かを 勝ち取ったように 感じるだろうか


おそらく 私達は

何ごともなかったかのように

ただ 在るだけだろう


何も 変わっていない


何ひとつ


それが 真実の変化の感覚



私達が

私達に 戻る だけ

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Photo by Yuji Ito (Ryujin Hawaian Photography)




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「誰かの存在」という励み

「励ましに言葉も特別な行動もいりません。
人は「誰かの存在」が励みになることのほうが、
ずっと多いのです。
何を励みにするかは、その人自身が決めるもの。
その選択肢にあなたが入るなら、
あなたができる励ましは、
あなたがあなたのままでいることです。」

ツイッターより、精神科医・斎藤 学氏の語録。


Facebookでもシェアしたのだけれど、
これは本当に私の好きな言葉、考え方です。


自分でいること、自分らしくいること、

自分のままでいること…

本来、これの何が難しいのかと思うようなことのはずなのに
私達は、本来の自分でいることが一番難しいことになって
しまっている。

その多くの理由が、他人に迷惑をかけるとか
役に立ちたいとか、愛したいとか愛されたいとか。

つまり、本来のままの自分では愛されない、という
思い込みがあって、来る日も来る日も、どの瞬間も
自分らしくだけはなってしまってはいけない、という
強迫観念にとりつかれたような日々を送っていたことが
あったりするわけで。

ある日、そんなことはないんだ、自分のままを生きよう、と
思い直しても、今度はそれが難しくなってしまっている。

もっとも自然体であるはずの「自分のまま」。

自分の無意識ちゃんにも、自分だけでなく、
自分の周りの人にとっても、そして世の中にとっても、
人が本来の自分のままでいい、と自分に許可できていれば
すべてがうまく回っていくはず…

でも、きっと、そんな集合意識的気づきはもう起きていて、
私達は、そこから「今」を生きていると感じます。

そして、自分のままを生きている時ですら、
時々必要になる、「励まし」や「励み」は、
確かに、言葉や愛で頂けることも大きいけれど、
もっとも大きい「励み」は、斉藤氏の言葉の通り、
「誰かの存在」だと思うのです。

その「誰か」が自分に何かをしてくれるというよりは
その人がその人らしくいる、その姿、存在こそが
活きる【励み】になっているものだな、と実感しています。


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至福を味わって

ああ、いま 目の前にいる貴女は

ほっぺたもピンク色で 顔色もよく、

肌もつやつやで、

よく声をたてて笑い、

反応も早く、

自分の気持ちを 臆することなく口にし、

逆に、じっくり時間をとって

自分の内側の声を聞くことも 自然にしていて…


どこから見ても

明るくて

エネルギーは軽やかで。


息をのむほど 綺麗。

とてもとても美しい。


初めて貴女に会った時

「かげろうのようだ」と感じ、そう口にしたほど

貴女は 息をひそめて

「私はここにいません」と

いつも、隠れているようだった。


うつむきかげんで、

言葉は 少なく、

言葉を出すのがつらそうで、

自分の気持ちや感覚が わからないと言っていた。


綺麗な顔出ちなのに、終始 自分を醜い、と言い、

青白い顔色で、世の中そのものに 怯えているようで、

森の中で出会った 小動物のように

愛くるしく 震えていた。


あれから どれくらいたったのか。


貴女のまぶしい笑顔や、しっかりとした存在感、

オープンな受け答え、貴女らしい感性を

臆することなく見せてくれるそのありさまに

思わず知らず 感動、驚嘆。


畏敬の念を抱く。



人は、自分を愛することも

自分を美しい、と認めることも

自分を抱きしめることも 

できる時代に なりつつあるけれど、


この感動だけは、

他人だからこそ、本人でないからこそ

味わうことができるもの。



貴女が どんなに美しいか

どんなに魅力的か

内面からの輝きが どんな風に映っているか

その変貌ぶりを

そこにいたる勇気を

味わせてもらえるのは


私が

貴女本人では ないから。



貴女に どんな風に伝えても

私の感動は きっと 私だけのもの。



そして。


きっと 私のことも 誰かが そんな風に

見ていてくれた時が

あったかもしれない。



美は 自分の中にあるけれど、

自分の外に 見出す美を 味わう特権もまた

自分の中にだけ ある。



そして それこそが

常に

おたがいさま。


人が 1人ではない理由だ、とすら感じるのだ。



貴女が そして私が

もっとも 意識していない時

もっとも 無防備な時に


その美、 その輝きは 表れる。


それを こうして 貴女の中に

見ることができる、

感じて 味わうことができる、


この、内側の状態こそが

私達の 生きている この場所を

天国 と 呼べる状態。


至福。


それは やはり 私達の 内に あるのだ。


ただ ただ ありがたい。 有り難い。

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愛は 静けさの中に

「愛は静けさの中に」という邦題の映画が 
昔、ありました。

詳細は覚えていないのですが、
耳の不自由な女性が主人公で、素晴らしい愛の物語でした。


このタイトルが、
先日、初めていらしたお客様のセッション中に起きたことを
ブログに書こうと思った時に、急によみがえりました。


最近、色々な変化が本当に加速していたり
なんというか、次元間の壁が薄い、というか、
特に個人セッション中に「降りて」くる、お客様の
ハイヤーセルフの波動や「メッセージ」がとてもパワフルです。

私自身が受け取りやすくなっているということが
大きいのでしょうけれど、「アチラ」が「近く」感じるのです。



ちょうど、初回セッション【トータル・エンブレイス】の
後半に差し掛かって、ヒーリングベッドに横になって頂いて
お客様が直接、【ハイヤーセルフとコンタクト】する部分の
説明をしようとしていた時でした。


突然、話すことが出来なくなるほどの眠気のような、
心地良い重さがやってきて、口が回らなくなり、
目も開けていられなくなってきました。

お客様の話ではなく、私自身の状態です。

ハイヤーセルフとのコンタクトについて
説明したいのに、まったくできない状態になってしまい、
というより、それにサレンダーして起きるべきことに
任せた方がいい状態になったので、そのままにしてみました。


すると、私はいわゆる、何かをはっきり見るタイプでは
ないのですが、明確なイメージがやってきたのです。


それは、私の眼の前のお客様のそばに、
真っ白い大きな存在がいて、包みこむようにしていて
白い大きな羽も見えました。

そして、お客様の両耳を、多分「手」で
ふさいでいるんです…


それを観ているうちに、お客様は今のお客様ではあるんだけど、
幼い時のお客様、小さな少女だった時のお客様が
同時に重なって見えてきて、
その白い存在が、その子も一緒に包んでいて、
両耳を覆っている・・・


そして、「言葉」が伝わってきて、
私の口が、それを伝えていました。


「聞かなくていいよ・・・」


「何も聞かなくていいよ・・・」


「聞きたくないこと、いっぱい聞いてしまったんだよね」

「もう聞かなくて大丈夫」


「聞きたくない大声や、罵る声、たくさんの音…

 もう聞かなくていいよ。」



それを伝えている間に、
お客様の中の小さい少女が泣き始めました。

少女は安心したのでしょうか。

次第に嗚咽となり、たくさんの涙がこぼれました。


その時は、まだそれを具体的に聞いていなかったのですが、
お客様の子供時代、家庭内では争う声や大声が絶えなかったそうで
そのことを、お客様自身も忘れていたそうです。

でも、それは「忘れたことにして」いただけであり、
そこで怯えていた小さな少女は、隠れていただけなのかも
しれません。

そして、またそのような事態にならないように、
一生懸命、明るくしようとしたりいい子でいようとしたり
「空白」を埋めるために喋り続けようとしたりする
「アダルトチャイルド」が育っていったのでしょう。


このことを、その時点で深く細かく具体的に何があって、
どうだああだと、セラピー的に何かをする必要性は、
まったく感じませんでした。


とにかく、それを、その小さな少女が通った大変さ、
引き受けてきたこと、そこから何を決意して、
どうやって「頑張った」か、どう生き延びてきたか、
それを、全部全部、わかっていたよ、
いま、手を差し伸べることができて、それを受け取ってもらえて
嬉しい、というようなメッセージでした。

時空を超えているので、過去も現在も未来もないところから
いま、そこにいた少女は理解され、抱きしめられ、
そっと、このうえなく優しく耳をふさいでもらって、
「もう聞かなくて大丈夫」と伝えられることが
大事だったようでした。

なので、私の「説明」も不要だったということで(笑)

それと同時に、もうそこで起きたそのことこそが、
ハイヤーセルフとの貴重なコンタクトだったのだと
私も理解し、サレンダー(明け渡し、預ける)しました。


そして、まるで一面の真っ白な世界の中にいるような、
静寂と、「無」の豊かさの中で、
私達は、静かに、そこに溢れる愛を感じながら
ただ、目を閉じて、それを味わいながら
座っていました…


私がこれを記憶できているということは、
私自身にとっても意味を持つセッションであったということと、
これをここに書かせて頂くことになっていると思い、
お客様の許可を頂いて、シェアさせて頂きました。


ありがとうございました。

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通訳としてのギフト

「いてもいなくてもいい私」、という
幼い頃の 深くて 哀しい傷。

その後、色々な場面で、
「空気のような存在」と
褒められたのか 何なのか 
わからない評価をもらったり

「とてもそんな傷があるとは思えないほど
自己主張が強そうで派手な外見」と
これまた 褒められたのか 何なのか 
わからない反応を されたりと

一つの【特徴】としての色々な側面を
それはそれは 長い時間をかけて

一つ一つ 丁寧に 「体験」して

長い長い時間をかけて うっすらとほんのり
かさぶたがあるかないか、感じないほどになった。


そして 「深い傷は そのままギフトの特徴である」と
いつもセッションでお伝えしているように
また新たな側面も。


「一緒にワークすると共振して驚くほど心地良い」とか
「通訳がいると意識できないほど自然な通訳」とか
「数多くの経験をしてきたけれど、これはとても稀な
通訳能力です」などと、海外ファシリテーター含め
あらゆる機会に 何度も何度も、多くの人に言って頂き
本当に 本当に ありがたく

今 通訳としての自分の特徴として、
また新たなるギフトとして、

ようやく 私が 私自身に 認定することにした。

そして このようなスタイルの私の通訳は 
そのまま「チャネリング能力の特徴」である、とも 知った。
(※チャネリングは、当然、誰にでもできるし、やっています。)

いや、正確には、私自身は 前から知っていたけれど
そのことを 他の人からも ちゃんと受け取らせて頂いた。

臆することなく 豊かさと共に。

自分の傷への
じんわりした感謝と、深い理解と共に。


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リリース(解放)について(メモ)

「解放する」とは、

えい!って力を込めて追いやることでも

早く消えろ、と疎ましく思いながら

消してしまおうとすることでもない。


「解き放つ」とは、

解き放つ対象を自由にすること。

それを待っている世界へと優しく押し出すこと。

縛りつけている力を緩めること。


解放する」って、

最近よくネガティブなもの(「負」の感情等)を

追放する」かのように口にする人が多いけれど、

それが出て行こうとしないのではなく、

出て行かないように、あるいは出て来れないように

押さえつけ、縛っていたのは自分なのだ、と認め、

自分自身でしていた「束縛」を そっと解くこと。


解放って、優しい愛なのだよね…


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感じるための「間」の大切さ

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5月の新緑が美しい京都の修学院近くで行われた、
ゴパルのヒーリング&メディテーション
トレーニング4日間は無事終了し、その期間中、
能楽堂での演奏会で、【My 舞】(即興エナジーダンス)を
舞わせて頂くというおまけと、
終了後の夜に、鞍馬のウエサク祭を堪能するという、
ものすごい特典付で、幕を閉じました。

ゴパルの長いワーク(トレーニング)は、
去年11月は、主にガイド瞑想を体験、習得すること、
今回は、「トラウマ・ヒーリング」と呼ばれる、
深い深い意識のワークでした。

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私は再び通訳として関わらせて頂いたのですが、
言葉では言い表せないこともたくさんある中で、
彼とパートナーのセビータの提供する、
そして勿論、参加者皆で創っていく、
安全で安心なスペースの中で、
伝えられていく内容は、それはそれは
繊細で、ある意味、至極当然のことで、
とてもナチュラルで、シンプルです。

それでいて、日頃忘れがちになるような
自分の身体と「今ここ」の瞬間に
全神経、全意識を傾けるような、
あらゆる瞬間、あらゆる感覚に、
非常に意識的になっていく自分に気づいていく、
そして、それ以上の無理やプッシュはしない、
とても優しく、深く広がっていく、
素晴らしいプロセスでした。

特に興味深いと思うのは、
心理学というものが誕生して以降の
あらゆるセラピーの歴史の中で、
思考とその分析】を重視していた初期、
感情とその解放】を重視していたその後、
そして、今現在は、
身体】と【今ここ】の【感覚】を
感じて】【自然に動かす】ことに移ってきた、
という観点。

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そして、身体の感覚こそが、
去年のブログにも書いたけれど、
動物がもともと持っている、
あらゆる危機やストレスに対処する能力と
関連しているということ。

身体に意識を向けるヒーリングやセラピーは
今や、たくさんたくさんあります。
ゴパルのワークは、特定のテクニックや知識を
必要とするものではなく、
ただシンプルに意識的であること、
感覚に着目することを促します。

それは、「新しい」けれど、
もっとも古い」「原始的」な感覚。

このことは、ヒーリングだけでなく、
今起きている色々なことに通じるかもしれません。


私達は、「言葉」を使ってコミュニケーションをします。
感情的やりとりも、言葉で交わしたりします。
その中で、飲み込んで表現しなかったたくさんのものは、
「言葉」だけではなく、エネルギーであり、
感覚的反応であり、それは身体のどこかに
ずっと蓄積されてきています。

ヒーリングやリラクゼーションを体験すると、
あらゆるところが緩むので、その蓄積されたものが
流れだし解放され始めます。

それをよく人は、進んでいるのでなく、
「後退」した、と感じてしまうけれど、
そうではなく、その溜まった「ネガティブ」反応を
受け止めるだけの、安心できる受容の器ができたからこそ、
流れが起き始めたということ。

でもそこでまた、よくやってしまいがちなのが、
感じることの恐れも手伝って、それを一生懸命、
言葉にしたり文章にしたり、「わかったつもり」に
なって、相手に伝えようとしたり教えようとしたり
するあまりに、自分の中で充分に感じる前に、
表現してしまうこと。

それは時折、「流して動かす」のとは
逆の、外に出ていきたいものを止めてしまうことに
なっているかもしれないのです。


だから、「沈黙」、「静寂」、「間(ま)」が
大切なのです。

そして、そのような「スペース/余裕」こそが
プラスとマイナス両方の反応を
受容する器を創り、観照する視点を生み出す…


だからこそ、瞑想と、ヒーリングのプロセスは
切り離せないものなのですね。


ゴパルが演奏する、ディルルバという、
素晴らしい楽器は、主に奏でているのは
表に見えている4本の弦だけれど、
太鼓の皮のように貼ってある皮の下側、
表から見えない場所には、30数本もの弦が
貼ってあるのだそうです。

この何本もの、見えていない弦と、
上で奏でられた弦との間に起きる共鳴によって、
そこから出てくる、深くしみわたるように
広がっていく音となっていく・・・・。

ちょうど、身体で、今起きていることを
「感じて」「味わう」プロセスと同じ…。


☆メモより:

「ゴパルのワークは本当に静かで繊細。
自分の微細なエナジーの変化に自身が気づき、
優しいアプローチで、自然に解放が起きるよう
促していく。それは同時に深い瞑想でもある。」


「ものを使うわけでも、『技術』を教えるわけでもない。
ただ、自分の身体に、繊細な意識をいきわたらせる。」


「いつのまにか、日常で自然に、
気づかないほど繊細なやり方で、
自分と自分の身体に、確実に以前より
受容的になっている。不快なものも否定せずに
包みこむ大きな器ができている。」


「セラピストやヒーラーが、メソッドと無関係に、
リトリートのつもりで、感覚をリセットして、
リフレッシュするのにも向いてると思う。
ただし、4日間くらいの長いワークの方がいい。」


今後、このトレーニングコースは、パート2、3、4
といった形で、継続受講者がより深めていけるよう、
また、セラピストの方達が実際に現場で応用できる形で
提供されていくそうです。

今回のと同じコースは、次回は今年12月に
予定されています。


私自身、今までセッションで実体験として受け取ってきた
こととオーバーラップすることが多く、
通訳していても、とてもやりやすかったですし、
ためになりました。
またゴパルのエナジーがとても穏やかで
通訳者にも大変親切でしたし(^^)
そういう意味でも心地良くできました。

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この機会をくれたオーガナイザーのまてぃ、
ありがとう♪


そして、今回の数々の特典?おまけ・・・?!

・・・については、この後、別記事で
綴っていきたいと思います。


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ナースが聞いた「死ぬ前に語られる後悔」トップ5

しばらく前に、英語の記事を読んでいたのですが、
翻訳して日本語の記事にして下さったPouchさん、ありがとうございます。

Facebook、Mixiなどでもシェアやご紹介を
させて頂きましたが、ぜひ、この記事読んでみて下さい。


おっと、その前に、私は…今の私は…
たぶん、今死んでも後悔しない気がします。

もう思う存分、ここまで生きさせて頂きましたし
心から楽しむこともできるようになった。
そうなれたのも、その前の不器用な後悔や罪悪感や被害者意識の固まりで
固く奥の自分を閉ざしていた、そんな時代があったからこそ、
遅まきながらも、人生に開放的になって「楽しく」を選択する
後押しをしてくれたので、その時代にすら、今は感謝しています。

そして、「喜び」とは言えない時を味わうことの醍醐味も。

そういう意味では、出会った人々すべて、出来事すべてが
あっての、今の自分。

その自分が、今、後悔なく生きていられているなら、
すべての人生、今生、過去生通じて、肯定し受容できているということ。
それを可能にしてくれたあらゆる瞬間に感謝。

でも、記事の本文の中の、

旧習やパターンに絡めとられた人生を「快適」と思ってしまったこと。
変化を無意識に恐れ「選択」を避けていた人生に気づき、
悔いを抱えたまま世を去っていく人が多いようです。


これは、とても大事なポイントですね。
「悔いがない」、「満足」している、と、感じていても、
いつも自分の本心はどこにあるのか、声を聞くようにしていよう、と
あらためて感じました。

そして、今生での最期の大切な想いを吐露し、
言葉にして残していって下さった方達、
それを聞き取り、看取り、伝えて下さった方達に...
このような、省みる機会をありがとうございます。

→「ナースが聞いた、『死ぬ前に語られる後悔』トップ5」


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「いま傷ついているなら」

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「あなたは、ひとが考えたり、言ったり、したりしたことに
傷つくだろう。

いつか、傷つかない日が来るまでは、しかたがない。

その日に最も早く到達する方法は、
完全に 正直になることだ。

自分がどう感じているかをはっきりさせ、認め、
口にすることである。


あなたの真実を 語りなさい。


優しく、しかし包み隠さず
真実を 語りなさい。

あなたが 真実だと感じるように
生きなさい。

おだやかに、しかし、一貫して
あなたが 真実だと感ずるように生きなさい。


経験によって、新たなことがわかったなら、
素直に すばやく変更しなさい。


まともな精神を持った者なら誰でも、
ましてや神なら、
人間関係で傷ついても『受け流せ、平気でいろ』
などとは言わない。

いま傷ついているなら、平気でいようとしても遅い。

あなたがすべきことは、傷ついたということが
何を意味するかを考え、それを示すことだ。


そうすることによって、あなたは
こうありたい、と思う自分を選び、
その自分に なるのだから。」


(ニール・ドナルド・ウォルシュ著「神との対話①」より)


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