~ 天空の抱擁 ~ Celestial Embrace

人は誰でも心のあるがままで天に抱擁されている…
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身体との対話会(イメージング・グレース開催報告)

土曜日は、イメージング・グレース開催日『お約束』の
「浄化の雨」も降り、無事に素敵な時間を終えることができました。
遠くから来て下さった方もいて、感謝感激です。
参加して下さった皆さん、ありがとうございました。

いや~ファシリテーターが言うのもなんですが、
とっても面白かった~。


今回のテーマは、ご案内していた通り、「身体の声を聞く」、
「生命エネルギー」というもので、かのブライアン・ワイス博士の
セミナーを始め、私が通っていたヒーリング・スクールや、
色々なヒーリングのアプローチを通して学んだこと、
また、私自身の病気の体験をシェアする部分も含め、
それらを統合した感じで進みました。

最初にグラウンディングのエクササイズをすることによって、
大地、あるいは地球としっかり繋がる意識を持ち、
「必ずここに戻ってくる」という意図を無意識の部分に
伝えることで、安心して自由なイメージングができたかと思います。

参加者の皆さん、充分に楽しんで頂けたでしょうか。


「身体の声を聞く」とは、アファーメーション(ポジティブな宣言や
言い聞かせ)でもないですし、「治したい」、という自分の願望を
伝えることでもありません。

それらは勿論、とっても大事でパワフルな部分ですが、
それと同時に、相手(=この場合は身体。)の訴えていること、
表現したがっていることを『理解する、感じる』ことが
とても重要だと思っています。


「イメージング」というのは、何かを「イメージする」つまり、
能動的に、「創る」というイメージが強いと思うのですが、
実際には、今回のような「対話=コミュニケーション」の要素が強い、
すなわち、「受信する」感覚の部分も大きいのです。

かく言う私も、昔、イメージングには、とても苦労していました。
長いこと、自分には想像力=創造力がないと思い込んでおりましたが、
実際には、「ない」、のではなく、「受け取っていない」という状態、
あるいは、わからない振りをしたり、「止めている」状態だったことが
後にわかりました。
そして、それは、実生活でのありとあらゆる部分に影響し、
何よりも、「自分らしくある」、「自分を肯定する」という感覚から
大きく離れてしまっていたということを意味していたのです。


ということで、イメージングの場合は、そのプロセスをゆっくりと
自分に練習させてあげるように楽しむことが大事です♪


そういう中で、ほとんどの皆さんが、今回のテーマでのイメージングは
初めてだったと思うのですが、「うまく」できなかったように感じても
これを行ったこと自体、また、その場が眠くなってしまうくらい、
漂えてしまうくらい、心地よかったということだけでも、
とても素敵なエネルギーを受け取っていたということです。
引き続き、練習して下さいね☆

そして、身体の「声」や「イメージ」が来た場合は、
「そう言ってるかもしれない」という、その「かもしれない」とか、
~~のような気がする」という感覚がとても大事ですので、
これからもその感覚を探求しましょう。

身体の一部分が、「もういやだ~」とか、「寂しいよ~」とか、
「こっちを見てよ」とか、「もうこのままでいい」などと言っているように
感じるというのは、とてつもない「発見」ですよね。
その部分と引き続き、対話していきましょう。

実はそれが、自分の中のインナーチャイルドの声だったり、
否定している女性性の声だったり、見ないようにしている自由奔放な
本来の自分だったり、やればやるほど、更に意味深い気づきがやってきます。


イメージングのプロセスそのものは、今回私の方に来ていたエネルギーは
とてもクリアーではっきりとしており、大変にやりやすかったです。

これも参加者の皆さん全員でそういうポジティブな場を形成できたということですね。

そのポジティブな場というのは、何よりも、お互いを、そして、自分自身の自由な感覚を受け入れ、認めることによって
創られていきます。

そこには、初心者とか熟練者とか、競争や比較や自己アピールや知識の多さ少なさや
自己卑下や自己否定は必要ありません。

自分のユニークさ、他の人のユニークさを発見し、楽しみ、
受容しあう場を創って、その素敵な波動をたくさん世界に発信していきましょう。

それこそが、こういうワークをグループで練習する意味です。

何はともあれ、あ~楽しかった♪ありがとうございました!

あ!この、イメージング・グレースは初心者向けではないのでは、と
思っている方がいらっしゃるそうです!......\( ><)シぎょぇぇぇ
とんでもないですよ~~
さっき書いたように、こういうものには、うまい下手もありません。

まあ、初めての場合はほとんど寝てしまう感じが
多いと思いますが、それでも気持ちのいいリラクゼーションの時間です。
私なんて、いまだに、他の人に誘導して頂く機会では
ぐ~~~~っすり寝てしまったりするんですから(笑)
それもまたその時点での自分の状態を表しているのですから、
まずはそれを受け入れるという練習ですね!

とにかく、どなたでも参加OK!全員で創る場です。

5月はお休みで、次回のイメージング・グレースは、
6月23日(土)になります。
今回と同時刻、同場所の予定です。

テーマは、今回時間がなくてできなかった「過去生のイメージング(仮)」です。



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今度のイメージング・グレースでは

ここのところの春とは思えない寒さなど、いつもより季節の変わり目の影響が大きいのか、
長い風邪をひいたままの人や、女性は生理不順など、
バランスを崩したり、さまざまな体調不良を感じている人が多いようですねぇ。

それがご自分の人生での転機と重なっていたりすると、
かなりしんどい人もいらっしゃるかもしれません。


今週の土曜日は、定例のイメージング・グレースを開催しますが、
今回は、身体内部との対話や生命エネルギーを感じる、というテーマです。

ワークとしては、ベストセラー「前世療法」著者の、あのブライアン・ワイス博士の
セミナーで教えて頂いたものをお伝えしたいと思います。

そして、自分の身体との「対話」、身体の声=言っていること を聞く、ということを
イメージングのアプローチで行ないます。

また、参加者の皆さんの状態を見て、時間があれば、
「過去生」のイメージングをやってみようと思っています。

楽しみにしていて下さいね☆

(詳細は、ウェブサイト上の「お知らせ」から、またはこのブログの
左メニューより、「イメージンググレース開催のお知らせ」を
ご覧下さい。)



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ニール氏インタビュー見れます

先月末に、ヒューマニティチームのイベントで来日していた、
私の恩師であり、ベストセラー作家のニール・ドナルド・ウォルシュ氏の
インタビューが、スピリチュアルTVにてご覧になれます。
(通訳は私です。)

ご興味をお持ちの方はどうぞご覧下さいね。
スピリチュアルTVさま、ありがとうございます。

現在は、有料のプログラムもありますが、無料のプログラムも
たくさんあり、スピリチュアル・メッセンジャーの方達の
メッセージをインターネットで自宅から手軽に見れる、という、
素晴らしいことを、日本でいち早く実行なさり、しかもボランティアで
始められたということで、大変に尊敬しております。

また、すぴこん(スピリチュアル・コンベンション)というイベントを
やはりボランティアで日本で始められたのもこの方達です。

何事も、情熱を持って、真摯に取り組まれている素晴らしい方達です。
何かを始める、というのは、それも、特にこのスピリチュアルな世界、
精神世界という「業界」がまだなかった頃にそれをなさったというのは
大変な功績だと思います。ありがとうございます。

スピリチュアルTV

そして、私が代表を退いて以降、HTジャパンをこのような大イベントが
できるまでに成長させ、その上、私にもこのような素晴らしい機会を
与えてくれているHTジャパンの同志達にも、心からの感謝と
敬意を表します。

草の根意識改革運動は、本当に、一人一人の意識の改革から始まっています。



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【共依存】から【共存】へ

来る、いや、もう来ている「女神の時代」とは、いかなるものか。

女性性の開花、解放、などなど色々な言葉で語られるこの時代。

単に、女性が男性のようにふるまおうとしたり、男性的論理や社会の中で
「対等」に「同様に」やろうとする時代は、気づけばはるか彼方。


なぜ今、女性性の解放なのか。

それは、何も社会の少数派とか奴隷制のような社会における解放の意味ではない。

とても重要なことは、この新しい時代では、女性性が、女性自身によって
完全に肯定される、ということであり、開花することであり、
その結果、男性との関係性も変わるということなのだ。


そして、更に、女性性=陰陽の陰であり、この「陰」のエネルギーが
これまで「陽」が支配的になっていた分野に解放され始めると
どのようなことがおきるのか…。


インナーチャイルドセラピーをうちで受けて下さっている方達には
おなじみの、【共依存】の考え方は、
何も、ドメスティックバイオレンスや機能不全家族やアルコール依存症や
さまざまな中毒についてのことのみを差しているのではない。

それは、【自分】以外の、自分の外側のもの、人、状況によって、
自分自身の状態が影響される度合いのことを言っている。

誰かによりかかって、その人に「依存」している状態だけではなく。

たとえば、お守りがなくなった時、
たとえば、携帯電話を忘れた時、
たとえば、自分と合わない人と毎日職場で顔を合わせなくてはいけない時、

どれだけ、その「物」や「人」や「状況」が、
自分の気分や感情に影響するか。

影響されればされるほど、振り回されればされるほど、
そこには【共依存】が成立している。

何かに頼るということは、同時に、自分の責任を放棄するということだ。
何かがあったら、その何かを責め、それのせいにするということは、
そしていつも、その何かに多くのエネルギーを使っているということは、
その何かにパワー=影響力をもたせるようなエネルギーの使い方を
しているということであり、
自分自身が本来発揮すべきだったパワーを
その何かに与えてしまっているということだ。

それは【共依存】である。


その視点で見る時、恐らく、そういう定義での共依存状態でない人間など
いない。

ただ、その度合いの違いはよく見えてくる。

そして、その目で社会全体を見回すと、
ほとんどすべての大人がそういう状態にいることが見えてくる。

社会のせい。世の中のせい。
何か、不穏、不吉、悲惨な事件が起きれば、
それを起こした限定された人物や、直接の関係者のみに関わること、と
いうことになり、
そうでなければ社会や教育のせいということになる。
そこに、自分はどういう責任を携えて存在しているのか…

責任とは、かならずしも、その原因となったことに対する責任のみでなく、
今後、自分のとるアクションのことを意味する。

責任を押し付けている対象から、自分自身のパワーを
取り戻そう。

私達全員に、これから大事になってくるのは、
【共依存】の結果としての、【リアクション】ではなく、
つまり、何か、自分以外のものによって、「引き起こされた」と
感じることに対する「反応」ではなく、
自分自身が、自覚を持って、意識的に、意図という方向性と共に、
クリアーな動機と共に、能動的に選択する【アクション】である。

自分ひとりの取る行動、選択、そして思考までもが、
人類全体の「結果」に影響するということを「知っていて」の
アクションだ。

すなわち、一億総リアクション人間の状態から、アクション人間へ。

【リアクション】から、【アクション】へ。

話を冒頭に戻すと、いわゆる【女性性】のエネルギーの特徴である、
受容、受身、共感、感情といった素晴らしいギフトは、
男性性=陽のエネルギーとの融合や統合が進むことによって、たとえば、

【受容というアクションを起こす】、
「受容というリーダーシップ】
【受容という意識的選択】をする、

などという風に、新しい要素を取り入れたエネルギーとして、
今までの発想ではなかったエネルギーの融合として放たれる。

それが、女性性=女神=陰のエネルギーの開花、解放であり、
それが一個人のみならず、集合意識の中で起きることによって、
惑星全体に影響をしていくこととなるだろう。

女性の多くは、これまで、男性社会の中における、弱者、犠牲者、マイノリティ、
といった位置や「従」の役割をしてきており、
それはすなわち、共依存状態の継承となってきていたということでもある。

それが、上記のような変貌を遂げることによって、
陰と陽のバランス、そして統合へと、向かっていけるのであろう。


だから、自身の女性性を認め、愛し、肯定し、表現し、解放しよう。

女性のみならず、男性も、自分の中の女性性を…。


いよいよ【共依存】から【共存】の時代に入るのである。


その構図は、何も、男女間あるいは男性性、女性性に限ったことではない。

過去(=女性性/陰)に向けるエネルギーと、
未来(=男性性/陽)に向けるエネルギーとの間にも関わってくる。

先進国と開発途上国、個人と社会、大人と子供、人間と地球についても、
そして…
人間と【神】についても、同じことなのだ…。

二元性に基づいたこの次元の力学や価値観が、進化を遂げようとしているのだ。



この「啓示」は、週末の間に行ってきた大変に深遠な旅行、
出雲大社、八重垣神社めぐりの後に、もたらされました。
一般的には「縁結び」として有名な夫婦和合神社であり
すなわちそれは、陰陽の和のことなのです。

そしてインスピレーションをくれたのは、一緒に行った三人の女神たち。
全員が、期せずして、インナーチャイルド継続セラピー修了生(正確には、
それぞれの人生における第一期終了)であったことに、
多大なる敬意と感謝を表します。

(※追記:このインスピレーションのきっかけになった、もっとも重要な人物を忘れていました! 
それはそもそも、旅行に出発する直前に、私のもっとも身近な男性=夫によって
もたらされたのでした。
爆笑してしまうような、何気ない(多分、普通の夫婦の会話には程遠いが(笑))
夫婦の会話の中にあった、きらめくようなギフト…。
しかもそれは、日本の男性性の原点とも言うべき
スサノオノミコトに関するものでした。
陰陽に関するインスピレーションが、夫婦の間に来ていたのです!
深いですねぇ~本当に!

詳細は誤解を招くので書きませんが、興味ある方はお会いした時に、
あるいは、そうだ、次回の瞑想会(4/28)の時にシェアしますね~!
以上、追記でした)


何事も偶然ではない…それを日々、瞬間瞬間体験することにより、
絶対的な信頼に基づいた生き方に少しずつ近づいている気がします。

Namaste



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「今」というプロセス

(今朝のインスピレーション)

原因と結果。Cause and effet。

宇宙の大法則であり、自然の原則。


原因があって結果がある。

「今」を 「結果」としてみれば
なんらかの原因が「過去」に あったのである。

「今」を 「原因」としてみれば、
なんらかの「結果」、そして「目的」が 「未来」にあることになる。


過去から、「今」という通過点を通して、到達する「目的」があるのだ。


すなわち、原因があるところには、「今」があり、その「今」が
向かっている目的が続いている。

常に。常に。前へ。


「今」は、常に、「プロセス」であり、途中、ということになる。


そして、「時間を超える」とは、「今」という時間しか実在しないという、
真実を生きることである。

「今」に在る、とは、「今、ここ」に在るとは、
変化を内抱し、すべてが凝縮した瞬間として、過去、未来に渡って
同時に存在するということである。


すなわち、「変化」は、過去に起こすものでも未来に起こすものでもなく、

常に「今」、起こす/起きるもの、ということだ。



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4月のイメージング・グレースのご案内

遅くなりましたが、今月の定例瞑想会・イメージンググレースのご案内です。

毎回、ますますご案内が遅れている気がしますが、
どうぞ皆様、スピリチュアルな「受容」の精神の練習?と思って
許容して下され~~~~~~<(_ _)>

さて、今回のテーマは、「生命エネルギーとイメージングによる自己との対話」です。

「気」「プラーナ」など様々な呼ばれ方をし、スピリチュアルには
「愛」「生命」と同義語のこのエネルギーを感じ、身体の中を
見つめ、更に、その自分の中での対話を、イメージングを使って、
リアルにしてみましょう。

そして自分自身の中に驚くような発見をすることで、生命の神秘を味わいましょう♪

4月28日(土)夕方4時45分~、関内のBMYスタジオでお会いしましょうね。

(次回は6月23日(土)、同時刻、同場所の予定です。5月はお休みです。)


【日時】
2007年4月28日(土)16時45分~19時15分まで
     (受付開始16時30分~)
【場所】:BMY(ボディ・アンド・マインド・ヨガ)スタジオ 
           JR関内駅 徒歩2分。地下鉄関内駅 徒歩2分。)
        横浜市中区尾上町4-56-2 ACOM関ビル8階
        ⇒地図     
【内容】:イメージセラピーに基づくリラクゼーション、ビジュアリゼーション(瞑想)、分かち合い
【用意するもの】:フロアはじゅうたんが敷いてあります。楽な姿勢で瞑想ができるように、
     ご自身で必要だと思うものをご持参ください。(例:バスタオル、ヨガマット、クッション、枕、
     座布団、ショール、ひざかけなど。)      
【参加費】:3,000円 (当日受付時にお支払い下さい。)
※男性も、初参加の方も、歓迎です♪お友達やご家族もご一緒に是非どうぞ。
※なるべくメールでお申し込み下さい。お申し込みは: こちらへ


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「…と、感じている私」

自分の感じていることに意識的になるために、
あえて、タイトルのような言い方、表現をしてみよう。

特にネガティブな感情が出てきている時、
人は通常それにのみこまれてしまったり、
感じたくないあまり無理をして、見ないようにフタをしようとしたり、
綺麗な言葉に置き換えたり、いわゆる「ポジティブ思考」に
「変えよう」としたりする。

それが有効な間はそれでもいい。

でも、これはもう、徹底的に自分に感じさせなくてはだめだ、という
感覚は、他でもない、自分が見極めるのだ。

そして、「感じる」ことを許可することだ。

いつも書くけれど、「ネガティブ」な感情を感じることができることは
「ポジティブ」なことなのだ。
「向き合う」ということだから。

「感じて」始めて、感情は、出ていくことができる。
感じるということが、解放するということになる。

明らかに感じているのに、それを感じきることができなかった感情は、
消えることなく、どこかに静かに埋められ、蓄積して膨らんでいく。

そして、それがある時、マグマのように出てくる、出ていきたいエネルギーとして感じたら、
そしてその時に、ネガティブな感情を、
「誰か他の人やもの」のせいにしそうになったり、
ぶつけてしまいそうになったら、
ぜひ、「…と、私は感じています」と付け加えるようおすすめする。

たったそれだけのことなのだけど、
とたんに自分の感じ方が違ってくる。

それを感じている自分を、客観的に見守る自分が登場するからだ。

そして、相手がいる時も、相手にそれを受け留める余裕を与えることができる。
ストレートに相手が受け留めてしまうことで傷つけることが少なくなる。

「○○について怒ってるの」
「○○について、怒りを感じてしまうの」

「○○ってひどい」
「○○って、ひどい…って、感じるの。」

「○○、いいかげんにしろ!」
「○○、いいかげんにしろ!…と、感じている」


ぜひ、やってみて下さい。

それも、頭の中ではなく、これは是非、口に出して感じてみてね。
自分が放つエネルギーの違いを感じましょう。

特に、相手に何かを伝えたい時、
相手を責めずに大事なことを伝えたい時、
すごく有効ですよん(^o^)

こうやって、少しずつ少しずつでいいので、
自分が外に「出して=与えて」いるエネルギーに意識的になり、
責任ある「大人」として、この惑星に存在していたいものです…



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夜明け前

夜明け前が 一番 暗い。


渡り鳥は 上昇する前に 1回低空飛行する。


冬来たりなば 春遠からじ。



これ以上ないと思うほどのどん底にいる時、

闇の中でもがいている時、

思い出したい、思い出して欲しい言葉たち。


そういう時は 必ず 飛躍が近いから。

その状況の中にこそ 必ず 次に繋がるギフトがあるから。

私はそれを 知っているから。

忘れたくないから。

思い出したいから。



変化を望んでいるのに 変化が起きないように感じる時は

自分の中の どういう部分が変化を拒んでいるのか

自分の中の どういう部分が変化を恐れているのか

見つめてみるといい。


向き合った後は

そんな自分を 許し 抱きしめてみるといい。

それは、今の自分よりも 「小さい」自分なのだから…



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絆の再認識 (パート1)

2003年11月。

断食、マクロビオティック、ヨガ、エドガー・ケイシー療法などなど、
ありとあらゆる自然療法を始めとする代替療法的アプローチに、
いったんピリオドを打ち、私は子宮に何年間も抱えていた、
背骨にまで達するほど巨大化した筋腫を
外科手術によって切除することを選択した。

どの大手の病院の婦人科においても、子宮全摘以外に方法はない、と
言われていたが、それだけはしたくなかった私は、
とうとう最後に、小さな専門クリニックに行き着いた。

「神の手」を持つ男と呼ばれていた専門医によって、
ともすると、生命に関わるほどの大手術であった私の手術は
無事に終了し、私は自分の選択が「正しかった」だけではなく、
さまざまな深遠な意味を持っていたことを、のちに実感することになった。

(ちなみに私の父は元外科医であり、あらゆるアプローチで迂回した後に、
結局、自らの意思で外科手術を選択したことは、「父親」に関する私の
長年の課題という観点からもとても深い意味を持っている。
外科手術に対する私的観点については、また後日機会があったら書くことにする。)


手術の数日前。

私は、一通のメールを、私のあらゆるヒーラー友達に送った。

「私は自分の決断を信じています。でも、今、皆さんの精神的サポートを
必要としています。
私は、怖い。怖いのです。どうか、一瞬だけ私にエネルギーを送って下さい。」と。

そして手術の日時を添えた。

世界中の有名無名を問わず、私と友人関係に
あったあらゆるヒーラー達に、SOSを出したのだ。


それは、私が自分にSOSを出すことを許可した記念すべき日だった。


手術数時間前。

麻酔もまだ打っていないうちから、突然、私は異様な幸福感に包まれ始めた。

身体中が温かくなり、至福の喜びとでも言うような安らぎと、感謝と
幸せな気持ちでいっぱいになっていた。

それは手術が近づけば近づくほど増した。


手術室に入って手術台に乗る時は、そこがまるで「祭壇」のように見えた。

すべてが金色の光に包まれ、そこにドクターが入ってきた時は、
麻酔もあってか、もうろうとしながらも、
まだ手術が始まってもいないのに、感謝の気持ちでいっぱいになっており、
金色の光に包まれながら、

「もう何があってもすべて受け入れる。こんなに幸せな気持ちを
経験できたのだから、すべてを【神】にゆだねる」と思っていた。

危険だといわれていた手術が成功するかどうかが大事だったのではなかった。
(勿論、成功するに決まっていると思っていたであろうドクターには
失礼な話ではある。ごめんなさい。でも、そのドクターも後で、
とても大変な手術であったことを教えてくれた。)

でも私は、そこに現われたドクターにすべてを託すことにも
みじんの疑いも逡巡もなく、
薄らいでいく意識の中で、はっきりと

「よろしくお願いします」と、声に出して言った。

その時、二筋の涙が、私の頬を伝った。


そして、意識がなくなった。


次に病室で目が覚めた時も、麻酔が切れた後も、ものすごい痛みが
襲って来た時も、
金色の光はいつも私と共にあり、
私は、常に、「温かい」ものに包まれていた。
やがて、金色の光は、虹色になり、
虹色のまゆの中で、私は、こんこんと眠り続けた。



今、振り返っても、私の人生の中でも、恐らくトップ10には入るであろう、
試練の時期だったはずなのだが、
この手術のことだけは、とてつもない幸せな思い出として残っている。
普通ならありえない感覚であるだろうけれど、
私の中では、【愛】のエネルギーに包まれた素晴らしい体験であり、
目に見える友人たちや、目に見えないエネルギーや意識体、
そして、「使命感」に満ちた仕事ぶりを発揮してくれたドクターに
対する敬意と感謝でいっぱいになった、貴重な貴重な体験で、
精神世界の本で読んできたさまざまなことを実体験した、
神秘体験の日々でもあった。


ところが、それを終えて、退院してからも異様な試練は続いた。

傷口が化膿して再通院。

その後、腸炎を併発して、また再入院。

その後、甲状腺障害が出て、通院の日々。


深夜に救急で運ばれた病室で、まだふさがっていない手術の傷口の痛みと
腸、肛門の痛み、
止まらない下痢に文字通り、七転八倒して苦しみ、苦痛にうんうんうなりながら、
その時の私には、その前の手術の時とは一転、金色の光も虹色のまゆも
感じられなかった。

ただただ、痛みと共に勝手にもれる己の苦しむ声を聞きながら、
いったい何がどうなってしまったのか、
なぜ、こんなことになってしまったのか、
私自身の人生における様々な「ツケ」の集大成でもあるかのように、
私のもともとの弱点(=長所/ギフトということにもなる)である、
第二チャクラに、すべての苦痛と痛みが集中していることを、
いつものように笑うことすらできず、怒りすらもわかず、ただ、

「苦痛ってこんなにつらいんだな~」
「とにかく、この痛みを取り去ってほしい。」
「ナゼワタシガコンナメニ」「ナゼツギツギトヤッテクルノ」
「もう生きることへの欲はないのだから、このまま逝ってしまいたい」
などと考えていた。

それでも、その時、一晩中、私のそばにいて、
温かいタオルで身体中を拭いたり、さすったりしてくれた看護師さんの
姿がやきついた。

やはり、ここでも、私の心を大きく揺さぶったキーワードは、
「仕える」「使命」といったものだった。

化膿していた傷口も、みごとな再縫合テクニックで綺麗におさまり、
やっと家に落ち着いていられるようになったのは、
年が明けてからだった。

だが、すっかり体力も気力もなくなり、もう、静かにただ淡々と人生の
残りの日々を大事に生きていこう、などと思っていた。

ほんの数ヶ月という短期間の間に、ものすごい勢いで浄化の出来事を
次々と通り抜けた後の、つかのまの「凪」の日々…。
自分に心から優しくしてあげたかった。
「いのち」を優しく見つめ、家族と共に静かに過ごしたかった…


ところが。【飛躍的シフト】は、待ってましたとばかりに、
体調が落ち着いたとたんにやってきた。

まだ「変化」するんかい!!と私の周囲の人々は苦笑していたと思う。


一体、何が起きたのか、今でも不思議だ。

そのわずか数ヵ月後。

今思えば、恐らく、まだ完全に回復していたとは言えないはずだ。


私は、何気なくインターネットで「神との対話」著者のサイトを見ていて、
ふと、「セドナ」「リトリート」の文字が目に入り、
なぜか、その場で、キーボードを叩きながら、
それに申し込んでいたのだ。

手術をしてからまだ3ヶ月立つか立たないか。
退院してから、2ヶ月立つか立たないか、である。


「行かなくては。」という、「義務」でもない、焦りでもない、命令されたわけでもない、
ましてや、もっとも大事なことだが、何かを「恐れ」ていたわけでもない。

どちらかといえば、「使命」の呼び声。
「時が熟した。準備が整った。」
そんな感じだった。

「神との対話」は、もう出版当初から読んでいた愛読書で、
その原書を、自分の英会話教室で教材として長年使っており、
それを読んだ生徒さん達の人生が変わったと喜んでいたことを、
とにかく、直接、著者の方に伝えるいい機会だ…

行く前は、単純にそんな風に思っていた。


でも、それよりも深いところで私の中に起きていた「変化」。

それは、「使命を果たしたい。」という漠然とした、しかし、
非常にはっきりとした思いだった。

大手術を始めとする、あらゆる肉体的試練、浄化のプロセスを経て、
私は、それまでにないほど「身軽」になり、
硬い決意の元に、アメリカに旅立った。

後の私の恩師として深くお付き合いさせて頂くことになる偉大な師にして
敬愛する魂の友人と【再会】するために。

夢にも見ていた赤い山々のパワースポット、セドナに足を踏み入れ、
【里帰り】するために。

それまで経験したこともないほどの、ものすごい数のUFOを目撃するために。


それが、ちょうど、3年前の、2004年3月26日である。


そこで待っていたのは、運命の出会い、使命との出会い、
そして何よりも、「自分自身」との出会いだった。

そのリトリートでニール氏に直接、勧められ、頼まれて、
まだ何もなかった日本で、「ヒューマニティチーム・ジャパン」を
立ち上げることになったのだ。

それでも私は、著者のニール氏との出会いが、自分にとってだけでなく
実はニール氏にとっても、大きな意味を持っていたのだということを
なかなか信じることができなかった。


しかし、今回、ヒューマニティチームのイベントで来日したニール氏の
プライベート通訳とでも言うべき役割として、共に過ごした時間を通して、
はっきりと認識したことがある。

それはやはり、魂の出会いだったのだ。

そして、それはまた、そこから発展する、多くの魂のグループとの出会いだったのだ。

仲間達がプロデュースした、奇跡=輝石のように素晴らしいイベントを
目の当たりにして、心の底から揺さぶられるほどの確信をした。


それは、今の時代に出会うように、「セッティング」していた、とも
いうべき、壮大なる時空を超えた流れの中で育まれ、
織物の糸のように、「糸=意図」と共に
紡がれ、広がり続け、羽衣のようにはためき、波のように伝わっていく、
コード化された暗号でもあるかのように、
広がり、伝わり、ゆらめき、舞い続ける生命の進化のプロセスの中における、
大事な瞬間として、きらきらと存在していたのだ…。

(後日に続く)



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