~ 天空の抱擁 ~ Celestial Embrace

人は誰でも心のあるがままで天に抱擁されている…
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ただ いつも通りで いればいい

Facebookでアメリカ人の友人が4年前にシェアしてくれた動画の中の

言葉が、今朝、「思い出の投稿記事」として上がってきた。

私にとって、だけじゃなく、
多くの人に、なんだかとてもタイムリーな気がして。

特にSNSなどで、人の華々しい活躍ぶりを見たり
成功、成果主義の人達の苦言や助言や
叱咤激励ぶりを目にしたりしていると
いつのまにか 自分もそうならなくては、とか
じっとしていてはいけないとか
焦ってしまったりするのではないだろうか。

それがいい感じの刺激になって
モチベーションが上がる時もあるけれど、
どうにもこうにも、動けなくなってしまったりした時に
思い出せたらいいな。この友人の言葉。

こんな眼差しと感覚で日常を過ごせたら幸せ。
 


 
「『日常的(いつも通り)である』ということが、

新しい『非日常』になるのだ。
 


いつもいつも一生懸命でなくていい。


  
今日も沈む夕日のように


いつも通りであること…



木々のように


花のように


川を流れる水のように


日常的であること…
 
 
自然と同じように 


いつも通りで あればいい」


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自分にはないことにしたものを認める〜AFPシャドウワーク3Weeks始まる

今年はなんだか不思議だ。


というのが、私の今の感想。

なんだか今まで起きたことのないことが
次々と起きる。


そして、自分の意識としても
今までやったことのないこと、経験したことがないことに
自然な流れで取り組みたくなっている。
 

少なくとも私の周りには
そんな感じの人が多い気がする。
 
AUのコマーシャルですら、
【やってみよう】がキャッチコピーだ。



このコマーシャル、秀逸だと感じるのは
やはりこの感覚が、ぴったり【今】(今年)に
マッチするからじゃないだろうか。
 
 
2011年3月のあの日から
多くの日本人が、生きるということについて、
「いつどうなるかわからない」から、
「今を大切に生きる」
「今日を大切に生きる」
「やりたいことをやる」
「自分を表現する」
などという意識になっている気がする。

自分を表現して、自分を生きることをしなければ
いのちがもったいない、というような。
 
 
そして、そこで「自分」とは、
「自分らしさ」とは、にぶつかる人も多く。
 
 
私が日本に持ち帰って以降、口コミで広まりつつある、
素晴らしい女性性の開花のためのプログラム、
「女性らしさ」というよりは、
女性に生まれた人達の「自分らしさ」の探求
徹底的に、でも想像もしたことがないほど
優しく、易しいシンプルなアプローチで
様々な角度から行なっていく。


その一つが シャドウワークだ。

シャドウには、ライトシャドウとダークシャドウがあり、
ライトシャドウは、主に「光」「明るい」側面。
ダークシャドウは、主に「闇」「暗い」側面。

「側面」というのは、つまり
【私達が持っている側面】ということだ。

だけど、「持っているとは認めたくない」側面、
「ないことにした」側面。

いくら自分にないことにしたとしても、
大前提としてあるのは、私達人間は、
自分の中に、ありとあらゆる「側面」や「要素」を
持っている、ということ。


特に、「他の人の中に見て取れるもの」は、
絶対に自分の中にもある、ということなのだ。


人の、ライト(光、明るい)の部分も。

誰かのことを、「美しいな」とか
「官能的で素敵だな」とか
「てきぱきしてカッコいい女性だな」とか、
なんであれ、憧れたり魅力として「感じる」ということは、
それを認識できるということ。

すなわち、それは自分の中にもあるもの。

でも往々にして私達は、
憧れの人にはそれがあっても、
自分にはない、ことにしている。


人のダークな部分もそう。

誰かの中に、ネガティブな側面を見て
それに対しての自分の感情的反応が大きければ大きいほど、
つまり、「大嫌い」とか「許せない」とか
「ありえない」とジャッジするような部分であればあるほど
自分の中にあるけれど、あるとは認めない、
もしくは、許せない、というものになる。

このブログでも何度か書いているけれど、
AFPに出会う前、
私は、「権威的である」とか「上から目線」というのが
私の大きなシャドウだった。

つまり、自分にはそれは許してはいけない、と
思うもので、そのように感じさせる人が大嫌いで
批判もしていて、(今でも好きではないけどw)
自分はそうあってはならない、と常に自分を
抑える感じでいた。

長くなるので、はしょるけれど、
AFPのシャドウワークを通して、
いいとか悪いとかではなく、
ただ、その側面を自分も「持っている」
認められるようになることで、
そして、もう一つ先のステップとして
そんな自分を表現したり見せたりすることも
できるようになることで、
自分を隠そうと押さえつける「枠」が一つはずれ、
見せてはいけない、そうなってはいけない、という
恐れが取れることで、本当に楽になり、
そのような自分を面白いと思えるようにすらなった。

などとさらっと書いているけれど、
もちろん簡単に単純に進むとは限らない。

特に、女性性の特徴でもある、「感じる」ことを
同時に許すプラクティスをたくさんすることで、
自分の中の「抵抗」や「恐れ」、繊細さや
傷つきやすさも認めていくことになるので
じっくりと、これにまつわる嫌な感じや
自分自身の抵抗なども感じることになる。


それでも、それをする前と後では
自分でいることの楽さ、そして幸福感や悦びが
まったく違うので、AFPでは、
このシャドウワークは、人間として生きている限り
やらなくてよくなるものではなく
ずっと続けていくことで、
終わりのない発見や探求をしながら
自分を見ていくためのワークという
位置づけをしている。

これがものすごく深くて美しい。

自分だけじゃなく、他の人と一緒に行なうからこそ
それがどんなに勇気や愛を伴う、美しいプロセスであるか
体感し、心から感動し、目の前の人への敬意でいっぱいになる。

生きるって、人間であるって、女性であるって
素晴らしい。
どんな側面も愛すべき側面だ、という感じに
なっていく。

もっと先には、それが大ドンデン返しとなって
一番の長所であることがはっきりしたりすることも。
 
 
そんなAFPのシャドウワークに特化した
3Weeks、週に1回を3回続けて行なう連続コースを
4人までという少人数で、
私のサロンで、1月に行なう………

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はずだった。


このために参加者の皆は、
ご家族がご病気だったり
仕事の休みを取ったり
遠くから来る予定で
自分のスケジュールを色々と調整して
臨んでくれていたにも関わらず…涙

私自身がインフルエンザになってしまい、
前代未聞の、第一回目は開催中止という事態に…!


それを申し訳ないと思うと同時に、
参加者の皆さんが、これをご自身のプロセスとして
完璧だと感じてもらえるようであれば、という
切なる願いとともに

もちろん、そこには私自身の完璧なプロセスも
含まれているわけですが、

そんなわけで、
ようやく先週、1週遅れで始まったこの3weeks。


主催者として、インフルエンザで中止にするという決断を
することで、私の中の「恥ずかしい」、「申し訳ない」、
「こうあってはならない」、「こうあるべきだ」と
いう声とも、たくさん向き合うことにもなったわけですが、

不思議なことに、昔の私なら感じたであろう、
強烈な罪悪感や自責の念があまり生じなかった。

もちろん反省はしたのだけれど、
それよりも、これは一体どういうことになっていくんだろう、という
好奇心のようなものになっていき、

そうしたら、参加者の4人の皆さんも
そんなふうに捉えてくださる人達だった。

思った以上に、第一回目は深いこととなり、
しかも、スケジュール的に、
3回目は3月に行なうしかないことが判明し、
3weeksが、期間としては3monthsの様相に…。

波乱含みのスタートにぴったりな感じがしたのが、
連続コース初回の時に
いつも用意する参加者の皆様に差し上げるお花。

大抵、なんとなくピンクとか赤、オレンジなどを
今までは用意してきた。

でも今回、いつものお花屋さんに
普段はない【青い薔薇】が入っていたのだ。

「ありえない」ものが「ある」光景。

ない、と思っていたものが「ある」光景。

しかも、個性的で美しい。


なんとも象徴的。
シャドウワークそのものではないか。


迷わずそれを人数分買って用意していたのだけれど、
写真を撮るのを忘れ、かろうじて一本。

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1回目のシャドウワーク後、
すでに変化が起きていたのか、
みんなのグループ写真も
なんだか「普通」に撮るのはつまらない気がしてw

普通ならあまり集合写真では見せないような
表情をして撮ってみた皆。

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うん。

面白い。


さあ、この後は
どんな展開になっていくのかな〜


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美味しいお差し入れ、ご馳走さまでした♪

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快適ゾーンから「出なくて」いい

コンフォート・ゾーン(快適ゾーン)
必ずしも
そこから「出る」のでなくてもいいんだよ。 


日々の小さなステップは、
コンフォート・ゾーンを【広げて】くれるから。

コンフォート・ゾーンを【ストレッチ】する、って
よく英語では表現するけれど、

(stretching the comfort zone)
ちょうど、本チャンの運動に臨む前の
準備運動のストレッチように


少しだけ


どこまで伸びるか
どこまで広がるか


もしくは
どこが伸びるのか
どこが
広がるのか


無理をせずに
少しずつ
やってみるの。


日々のほんの少しのストレッチは
やがて大きなジャンプの準備を整えてくれる。


最初から大きく飛ばなくてもいい。


ちょっとだけビビるような小さなこと
快適にできるようになったら、
快適ゾーンは広がっている。


自分の存在感は増している。


自分にとって居心地よくいられる場所が

前よりも広がっている。



それからだって大丈夫。

もちろん、最初から大きくぶっ飛んでもいいよね。


ただ、帰って来て着地する場所がよくわかるくらい大きくなってると

戻りやすいよね。


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カラフルに羽ばたく2017!

こちらでは遅ればせながら、
皆さま、新年明けましておめでとうございます。


FacebookやPeriscopeなどで、皆さまの美しい初日の出や初詣や、美味しそうなおせち料理など、お正月らしい写真やライブ配信を拝見しながら、私も何か、縁起良さそうな写真を、と思いまして(笑)


えーっと、実の母娘です。

この母にしてこの娘あり、ですw


コートがお揃いなのは偶然ではありませんw
あまりに気に入ったので色違いを買って、着ない方を母に上げたのですが、まさか並んで歩くとこのような派手さになっていたとは。



何も装飾してない状態で充分目がグルグルする写真でしたが、

どうせ派手ならもっとイッちゃえ!と、更にデコってみましたw



そんな(どんな⁉️)2017年で行きたいと思います。


色とりどり〜イロトリドリ〜鳥

❣️


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ちなみに写っていませんが、ブーツは私がパープル、母がグリーンw



色々なことをする私です。


見方によっては、すべて中途半端ですw



ずっと今までもそうでした。


もう、それを極めようかと思いますw



その代わり(?)

どんな時も全力で楽しみます。


「楽しい」とは必ずしも言えないことも

全力で(できるだけw)瞬間に没頭します。


次の瞬間に気分が変わることにもイエスと言います。



そして、私の中に3歳のときからいるのがわかっている、

あ、3歳のままで存在している、という言い方のほうがいいかな、

全身で、全心で、その瞬間の喜びを表現したい子供、

喜びを表現すること自体が喜びである内なる子供に

ますますOKを出します。



もういい年になって、もはや、このままでいいのだろうか、という

迷いすら浮かばないのでw、

このままでいくことにさらにOKを出します。


どんなに小さなJOYでも、

逆に小さなものであればあるほど、

その価値を自分の全部で感じることで、

その意味がどれだけ大きいものか

知っている「大人」として、

「子供」のままの自分にますます

表現することをさせてあげます。


だから、

すごくおばかさんに見えたり、

いい年して何してるのだ、と言われたり、

ドン引きされたり

去っていかれたりもあるでしょう。


でも

私は、私の喜び、ピュアなJOYに感じることを、

選択して表現します。



皆さま、どうぞよろしくお願い致します。



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