~ 天空の抱擁 ~ Celestial Embrace

人は誰でも心のあるがままで天に抱擁されている…
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「大したことない」こそ大きな贈り物

一昔前までは、ヒーリングの世界でも、
一般社会(?)でも、
「与える(差し出す、差し上げる)」ことにこそ
価値がある、という風潮でした。

最近は、「受け取る」ことの大切さも
見直されて来て久しく、
「受け取ることは与えること」
「与えることは受け取ること」というような、
昔は、私を含め多くの人が、「なんのこっちゃ?」という
反応をしていたことが、
「そうだよね~~」に変わってきました。

プレゼントであれ、褒め言葉であれ、お金であれ、
誰かから差し出されたものを、喜んで「受け取る」ことが、
「与えた側」への贈り物になる、というようなこと、ですね。

最近、大変に好評頂いている、AFP、フェミニンプレゼンスでも
特に、女性性の特徴としての「器」の大切さ、
受け取ることの大切さをかみしめ、「練習」しますが、
その中でも特に、「褒められること」、
自分に向けられた「賞賛」について、拒絶しないのは勿論のこと、
ちゃんと感じる前に、ただ表面的にすぐ「ありがとう!」と
言ってしまわずに、じっくり全身で味わって
飲み込み、更に自分の内側でしっかりそれを感じる
、という
エクササイズがあります。

この、【すぐありがとうと言ってしまおうとしない】というのは
とても大切な練習です。

私も含め、無意識に多くの人がやってしまっていること
ではないでしょうか。


上の世代ならなおさら、何か褒められたら、それこそ
まだ言い終わらないうちに、

「いえいえ、とんでもない~(あ、これ受け取ってませんねw)、
ありがとうございます~~」と、否定しながらお礼を言って返す、
というようなことを習慣、あるいは礼儀のようにして
やってしまっていることも多いかと。

これ、果たして丁寧な受け取り方なんでしょうか。

よ~く、そういう時の自分を感じてみると、
それをやってる時って、言われた歓びを表現してるのではなくて、
「照れ」や、「否定」を、感じないためにやってたりするんですよね。

つまり、内側で本当に起きている否定的反応を見ないふり、
感じないふりをするために、急いでお礼を言って、
内側では受け取っていないのに、
極端な話、受け取って、リボンをほどいて包みを開けてもいないのに
「素敵ね~」と言って、お返ししちゃってる感じでしょうか?


AFPでも練習しますが、じっくり受け取る時、
それが、自分の中に入ってきて、お腹の方まで落ちてくるまでに
通り道には、「えーそんな~」「そんなことない~」とか、
「うっそ~」とか、の声達が立ちはだかろうとするわけです。

それを聞かないふりをするんじゃなくて、
「うんうん」「そう感じる自分もいるよね」と、ある種、
「痛い声」として感じつつも、自分の意思で、
じっくり、ゆっくり食べ物が通っていくように、
たどり着きたい、それを届けたい行き先に向かって
そこを通り過ぎて行く感じです。


なので、この練習をしている時は、「ありがとう」が
出てくるまでには少し時間がかかります。

それでいいんです。嘘っぽい、その場しのぎの反応をするより、
本当に受け取っているのが、自分にも相手にも
ちゃんと伝わるから。

そして勿論、これをいちいち日常でやりましょう、という
意味ではなく、あくまでも「練習」なんです、
意識的であるための。

そして、女性性にとって、何よりの食べ物であり栄養であり
滋養となる、賞賛をもっともっと受け取ることで、それが
女性性の血となり肉となり、自然な魅力となることを促すためです。


それともう一つ。

「受け取り下手」についての考察ですが(笑)


「私って、受け取り下手なんです。」とか、
「私、受け取ることができない。怖い。」とかって

頻繁に口にする人達の特徴の一つに、

大抵、それは、自分にとって
「大きい」と感じるものについて
言っている、ということがあるように見受けられます。


じゃ、小さなものーー「小さな」賞賛、「小さな」感謝、
「小さな」褒め言葉、については、
その人たちは、どんな反応をするかというと、

「それは、大したことない」と切り捨てているのです。
「そんなの別になんでもない」


大きなものは、
大きすぎて受け取れない。

小さなものは、
大したことないから/小さすぎて 
受け取らない、あるいは、
受け取るほどのこともない


っていう。

てことは、結局大きなもの以外はいらない?みたいな、
ある意味、ちょっと、傲慢?!(笑)

でも大きなものは、受け取れる自分じゃない・・・

だから何も受け取れない…


それが、「受け取り下手」、の状態だと思います。


たとえば、何かをしてもらったことに
すごく感激して伝えたとしても、

「えーこんなの大したことないしー」
「誰でもできることだしーー」
「すごいことは私はできないから
こんなことしかできないしー」


みたいな反応が返ってくるのです…


もし、それ、いつもやっているなら、
最初は、飲み込むの、消化するの大変かもしれないけど、
ゆっくりゆっくり受け取って、ゆっくりかみしめて、
ゆっくりゆっくりお腹まで落としていこう。


自分が当たり前だと思っていること、
何でもなくできてしまうことを
誰かが褒めてくれたのなら、
「小さなことだから大したことない」と
感じるものこそ、

もしかしたら、いや、たぶんきっと、
(私の経験上も)
それは、貴女の本来のギフト。

本人に気づかれて、本人に認められて、本人に大切にされてこそ、
自然に、何の苦もなく、楽々と、楽しく心地良く
もっともっと花開いていく美しい、貴女の特徴。

でもなかなか自分で気づけないからこそ、
他の人との関わりが重要になる。

あえて自分では気づかないようにしているからこそ、
「大したことない」、と喜びを感じないようにしていること。

そこに光が当たり、空気が送り込まれ、
歓びという滋養、水分、肥料が 加わると、
生き生きとした存在感、生き生きと輝くエネルギーが
放射されるようになる。

それこそが、今度は、世の中への贈り物。


つまり、ただ、自分でいるだけで。



・・・・言うは易しですけれどね(笑)

私も、ようやくその境地に至った時、どんなに、どんなに、
楽になったことか!



でも今は、一生が終わる頃になって、ようやく
それに気づく時代ではなくなってることは確か。


一瞬にしてそれが起きることも可能な今の時代です。

さあ、どう輝かせて遊ぼうか。ヽ(^。^)ノ

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