~ 天空の抱擁 ~ Celestial Embrace

人は誰でも心のあるがままで天に抱擁されている…
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縁パワー。円パワー。

先日、私主催の忘年会に来てくれた、長年の個人的友人が
ものすごく驚いた、という感想をくれた。

何が驚いたかというと、

1.皆すごい自由にのびのびと自分を表現している

ステージがあるパーティルームだったんだけど、私自身も
びっくりしたけど、いつになく皆(瞑想仲間は勿論だけど
何より多くのお客様達)が、コスプレしたりのびやかに楽しく
解放的に歌うなどして自己表現し、しかも独りよがりでなく、
皆で共に楽しんでいた。歌わない自由も当然のようにあって、
踊ったり、笑ったり、それぞれ自分のペースで楽しんでいた。


2.1人1人のパワーがハンパない

自由さと関連しているけれど、皆のエネルギーがすごい。
皆、明るくて元気。
現実には色んな問題や悩みもあるのだろうけど
この瞬間をハッピーに楽しむことに集中できる人達の
すごいパワーを感じた。


3.アムリタの存在感ってこうなの…?!(笑)

これが一番びっくりだったそうで、私もこの感想に一番ウケた。 
そして一番嬉しかった。

長年私の仕事も知っている、この友人の、
社会通念的な固定イメージとして、
このようなパーティの場って、皆が主催者を主役として扱い、
あるいは、もてはやしたり、ほめちぎったり、
あげたてまつったり、感謝とか尊敬の言葉をのべてから何か
するとか、そんなイメージがあったらしい。

この友人は、昔から、私のパワーがハンパないと思ってくれて
いる人で、「どこに行っても目立つ」エネルギーの強さから
その私と仲良しの人達って相当、私を崇めている人達かと
勝手に思い込んでいたらしい。

ところが・・・笑


最初、一瞬、「アムリタが無視されてる」と思ったんだって。(爆笑)
次に、「アムリタの存在を皆、忘れてるのか?」と。(更に爆笑)

そして、「いや、皆、安心してるんだ」
に変わったそうだ。

更に、アムリタも安心してるんだ、と。


まぁ、「私がいるから安心する」、というのであれば、
依存心と紙一重なので、それは嬉しくはないけれど、
私と共有してきてくれた様々な場で、安心を感じながら
自分を見つめ、ともすると問題を直視したり闇を見つめたり
そしてそれでも、そのすべてを認めて受け入れて、
その上で、自分のしたいこと、欲するものに気づく、などの
プロセスをたどってきた人が多い中で、
そのすべてをふまえて、のびのびと、いっちゃえー!
やっちゃえー!の勢い(笑)が、可能になるような、
少なくともそういうエネルギーを邪魔しないような場を
ホールドできたのであれば、こんな歓びはない。

つまり実際、私自身が安心し、
信頼して楽しめる場だということだ。


前にブログに書いたことがあるけれど、
私の一番の原点の痛み/傷の一つは、
「私は、いてもいなくても同じ存在」という感覚だったけれど
それは同時に、一番の特技でもあって、
こんなに個性が強いと思われていても、幼い時から
「気配を消す」のが得意なばかりでなく、
あまり、「私が」と前に出ていくのも本来好きではないので
私がいるのを皆が忘れて、楽しみに没頭していく瞬間が
大好きなのだ。

だから、ピアノも、自分の演奏を聴いてもらうことより何より
皆が歌える歌の伴奏をするのが一番好きだった。

パーティも、自分が目立つことを率先してやったり、
自分が一番楽しいことをするのは、
それによって、皆が何か自分の中のタガを一つでも
はずすことがたやすくなったり、それによって溢れ出た解放感や
歓びで、私の存在を意識しなくなるほど楽しんでもらえると
嬉しいし、そうすると、私自身ももっと楽しいからだ。


自然発生的な場をホールドすることが、至上の悦び。

そこには、すべての存在が対等であるということと、
お互いの存在への、自然な敬意が存在する。


だから、友人のびっくりは、最高の褒め言葉。


今、人生も、ライフワークも、そんな風に進んでいっている。

去年から始めている、女性性開花のAFPも、
まさにそんな風に、1人1人の女性が
エンパワーされていくプロセスだ。


小学校の教室で、流行りのアニメの曲をオルガンで弾き出し、
最初は、私がそれを弾けることに感動していた皆が、
やがて、歌うことに没頭して、お互いを見つめながら
楽しそうに歌っている…私のオルガンは聞こえてはいるし
忘れたわけではないけど、ほとんど意識しないくらい
楽しんでいる・・・・

あのなんてことない場面が、いつも、私の中に
大切な原点として輝くスペースにある。


エンパワメント。
「自律を促す」とか「権限を委譲する」とか、なんだか
堅くて意味不明で、ちょっと「上から目線」な日本語にしか
訳されないこの言葉は、私的には、

【自分自身にパワーがあることを思い出すこと。】

この「パワー」は、「魅力」でも「美」でも、
「才能」に置き換えてもいい。「JOY=喜び」でもいい。

これは、私自身がたどってきた道のりだからこそ。


そして、これが起きる時って、双方向に、だと思うのだ。

人との縁があってこそ思い出される自分のパワー。

縁パワー。

安心できる場や、繋がりの中で可能になる、
自分のパワーの肯定的自覚。

円パワー。


私達は、この肉体よりもはるかに大きくて、
とてつもないパワーの中で
この身体を慈しみながら、生きて(遊んで)いるのだから。


ああ、今年も素晴らしかった。

来年も、更に。


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