~ 天空の抱擁 ~ Celestial Embrace

人は誰でも心のあるがままで天に抱擁されている…
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自分にOKを出す

家庭、学校、社会、世間、法律、その他もろもろ、
私達は いわば、「判断」されるものに囲まれて
育ち、次々と枷のようなものを作っては
それに縛られたような気持ちになっている。

実のところ、よく考えてみると、
何が、誰が、何を言おうとも決めようとも
最終的な判断を下すのは自分だ。

最終的に、自分がその判断を受け入れて「そうだ」と言ってしまわない限り
それは成り立たないのだ。

占いなどにしてもそう。

当たる当たらないよりも、そこに見たものを
最終的に自分がどう受け入れるのか、
自分自身が、一番自分ではコントロールできないかのように思っている、
まるで自動的に起きているかのように感じている、
「反応」というものが、実は自分が選んでいるものだということを
私達は忘れている。

でもひとたびそれを思い出せば、
そしてすべてを自分の選択の結果という観点で見始めれば、
すべての瞬間に、自分に「反応」という選択権を与えることができる。

つまり、どんな状況であっても、それにどう反応するか、だ。


その「練習」とも言えるのが、ヒーリングセッションで行なう、
さまざまな自分の内部との「対話」だ。


自分の中から湧き上がってくる想いは勿論のこと、
色々なビジョンや、想像の世界、ふとよぎるものなどを
私達は、ほとんど自動的に「判断」しそうになる。
「反応」する前に、選ぶ前に、先に「判断」してしまいがちなのだ。

私自身、そういう「判断」でがちがちの人だった。長い長い間。

そして、いつも周囲の判断によって苦しんでいるかのようでいたのに、
実はそれを受け入れるという反応をしていたのが自分だと気づくまでに、
そしてそれを変えるのも自分だと気づくまでに
本当に長い時間を使ってしまった。


その一つ一つを「はがして」いく作業は、時につらいこともあったけれど、
いったん自分にOKを出してしまうと楽しい作業でもあった。


自分の思い描くさまざまな想像の世界での創造や、
自分の心にわきあがる想いをそのまま見つめていいということや、
浮かんでくるビジョンを、ただ楽しんで、追いかけていいということの
楽しみを、もう長い間忘れたいたけれど、
少しずつ思い出すことによって、無邪気な自分が戻ってきた。


昔、シャーマニズムをもとにしたワークショップで、
自分の中に浮かぶ人の顔をイメージの中で笑わせる、というものがあった。
(これは今でも私の大好きなセルフセラピーの一つ)

次々と脈略なく人の顔を思い浮かべては、その人が笑うように、
色々工夫するのだ。

しばらくやっていると、急に「乾電池」が思い浮かんだ。

乾電池…

???


「人の顔」と言われているエクササイズで、乾電池が思い浮かんだら、
普通の社会的反応でいえば、「だめだめ~」と自分に言って
それを打ち消し、なんとか人の顔を、と思うだろう。

でも、乾電池が思い浮かんだ以上、
私のその時の「遊び」は、乾電池を笑わせることなのだ。

はてさて。


乾電池は、どうやったら笑うのか。

そもそも、どうやったら、笑っているということがわかるのか。

笑うということを知っているのか。

などという、奇妙なやりとりが自分の中で行なわれる。


そこで、「乾電池は笑わない」などという決め付けは手放すのだ。

だって、思い浮かんだのだから。それを笑わせてみるのだ。


結果、何をしたんだったか忘れちゃったけど、
確か、手を乾電池の中に突っ込んで、ぶるぶる振動させるとか
そんな感じだったかな。


なんだか乾電池が本当に笑っているような気がしたのを憶えているし、
それ以上に自分がおかしくて、げらげら笑い転げていた。

こんなに楽しいエクササイズはない。

でも、創造力と想像力で遊ぶとは、そういうことであり、
それが、自分の中にいつのまにか培われた色々な判断から
自由になっていくというプロセスに大事なことなのだ。


よくありがちなのが、はて、乾電池はいったいどんな象徴なのか、とか、
乾電池は私にどんな意味があるのか、とか、
その場ですぐに分析し始めてしまうこと。

そんなのは、その時にはいらない。


「遊ぶ」のだ。好奇心を持って。



でも、こういうエクササイズをやると、
自分がどんな場面で、どんな「判断」をし始めるか、がよくわかる。
また、どんな想像力があって、どんな世界を内面に持っているのか、も
よくわかる。


だから、今回のセッションも。
ね…面白かったよね…?


たくさんアニメのキャラクターが出てきたね。

志村けんやら、漫画のキャラクターやら、たくさん出てきたよね。


もっと、ダークなものとか、自分の嫌いな人とか、抑圧していたシャドーとか、
嫌な思い出を持っている相手とかがたくさん出てくるような
気がしていたかもしれないけれど、
そういうのをいい意味で、裏切られるところが、
そして、それを、全面的に楽しみ、「何でだろう?」という思いを
そのプロセスを「止める」ためではなく、
前に進む力として、
すなわち、「ストップする力の猜疑心」ではなく「前進の力の好奇心」によって、
前に、奥に、進んでいくのだ。


もしかしたら、本当は、そういう漫画の世界が大好きなのに
普段は最近ちょっとマジメすぎてたのかもしれないよね。

でも、そういう「判断」すらいらないね。


想像の世界で、何が起きても、何を見ても、{OK}が出せる。

そんな状態は、自分をまるごと受け入れるための最初のステップ。


それをクリアーした貴女は、また一つ、
本来の貴女らしい貴女へと、自由な貴女へと、自分を信じる貴女へと
進んで行く。

キーワードは、好奇心と感覚。
自分の好奇心と感覚を肯定し受け入れられたら
直感もますます冴えて、確信に満ちた瞬間もますます増えていくね。


そこに愛があるか、ないか。

最終的には、そんなシンプルなことに繋がっていくのだろうね。

優しい楽しいメッセージがたくさん溢れていた、貴女の内面の世界。


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