~ 天空の抱擁 ~ Celestial Embrace

人は誰でも心のあるがままで天に抱擁されている…
0

前世(過去生)が教えてくれること

前世療法という言葉を聞くことは、少なくともヒーリングの世界では
まったく珍しくはなくなった。

もうかれこれ10年以上前、初めてブライアン・ワイス博士の
「前世療法」という本を読んだ時は、衝撃というよりは
自分の奥に眠る何かがゆっくりとすごい力で頭をもたげて
眠りから覚めるような、じわじわと、もう後戻りができない世界に
足をしっかりと踏み入れつつあることを実感したものだ。

前世(過去生)があるのかないのか、それはどの程度真実なのかは
あまり大きな意味を持っているとは思っていない。

また、よく、「前世を知ったからって何もならない」とか、
「大事なのは今、現世であって、前世にこだわるのは抵抗を感じる」と言う人にも会う。
セラピストにもたまにいる。

うん。まぁ、それも真実である場合もあるだろう。


真実というのは、ひとつではあるが、多面体だということを
人間は理解しなくてはいけないと思う。
(というか、それがある日メッセージとして「降りて」きた。)

その他の面をも真実として、
あるいは、ひとつの山を登るにも、色々なルートがあるということを真実として、
自分にとってその時最適なものを選ぶという意識もまた大切であり、
かといって、それが万人にベストとか唯一のものではないということを、
いかにしなやかに同時に理解していられるか、が大事でありむずかしいのだろう。

とにかく、過去生が真実かどうかはまったく別にして、
それがとんでもない気付きをもたらしてくれることは、実際あるのだ。
しかも、それを人に「リーディングしてもらう」のでなく、
自分が自然に「見る」「思い出す」プロセスを許すことによって。


今回は、恋愛における自分のパターンについて、
徹底的に見たい、もう同じことを繰り返したくない、という
強い想いでセラピーにいらした人。

頭で考える分にはもうちゃんと自分のことを見つめられるし、
セルフ・セラピーもできる。
しかし、無意識にとるパターン、いつのまにか自動的に
発動される「防衛反応」については、
普段の意識から少し離れて、力の抜けた状態になって、
「無意識」に喋らせる、(という言い方を私はするのだが)プロセスワークをしたりする。

一連のQ&Aを矢継ぎ早に投げかけていく。
ワークシートのようなものもあるのだが、今回、
いくら探しても見つからなかったので(爆)
それを肯定的に捉えれば、『紙(神)は必要なく、自分の中にある』、ということで、
私自身と彼女のハイヤーセルフ、そして彼女の無意識に繋がって、
次々と、質問をたたみかけるようにしていく。

この一問一答のエクササイズは、やっているうちに
何を聞かれているのかわからなくなり、論理的な答えができなくなるどころか、
答えながら半分眠ってしまうこともよくある。

そうして、段々と、「無意識」君が、表面に出てきて喋りだす…


私のセラピーでは、絶対的に私が引っ張っていくというものではないので、
何をしていようとも、クライアントさんに私の誘導と別のことが
おき始めた場合はそちらを優先して路線を切り替える。

今回の場合は、ある質問をきっかけに、
いつのまにか、過去生に飛んでいったようだ。


どこかの情景が浮かんでくる。

自分の置かれた状況…それもとてもとても悲惨な…

愛する人がそれを見ている…

それを見ながら、耐え難い苦痛を互いに味わっている…


最後に強く記憶されたのは、この悲惨な状況と、
その状況とは逆説的に感じたお互いへの強い愛と絆だった…


もしも。

もしも、これが、もっとも素晴らしい愛の証拠だ、という風に
記憶に刻まれたとしたらどうなるか…


愛を試す…そんな状況やパターンがやってきたら、
愛を立証するために、どんなことを現実に起こしてみるか…

そこには明らかに関連性があった。



それがはっきりしてから、急にその過去生での状況、様子は
もっともっとリアルになる。
着ている物、住んででいる場所、なぜそのような状況になったのか、
そしてもっとも大切なことに、自分が死んだ後はどうなったのか、
などなどの【情報】が、どんどんやってくる。


「いいところでもう目を覚ましますよ、まだ遣り残したことや
見ておきたいことがあったらやって下さい」と声をかけると、
まだまだ止まらない。

そんな風にして、
気付けば、ヒーリングベッドに横にもならずに、
椅子に腰掛けたまま、今回のセッションは、とてつもなく
深く深く進行していったのだった。


目覚めてからのその人の状態と表情の変化は、
もう言葉にできないほどだった。

表情は、セッション前とは雲泥の差。ぱっと開けた感じで、輝いている。

そして、『自分のパターンの根源がわかり、なぜそれを繰り返すのか、
どんなにそれが深い思い込みとなって刷り込まれていたかがわかった。
しかも、それが相手を傷つけることだということがわかっていなかった。

もうこのパターンは繰り返さない』、と…。


そしてもうひとつの産物。
贈物はひとつではなかった。

この過去生を見たことによって、その人物がその生で成し遂げられずに終わった、
「仕事」、「志」。

それもまた、今、同時に現世で起きていることとオーバーラップして、
その人はますます強く強く前に一歩を踏み出す決意を固めていた。

過去生を「過去」としてただ思い出すことに意味があるのではない。

なぜその過去生を今、「リアルに感じられる」のか、
それは現世=現在とシンクロしているからだ。

つまり、過去と現在は連動しているのであって、
そのことを実感して初めて現在を変えることができる、という場合も
あるのである。

だから冒頭に書いたように、「過去生に意味はない、現世だ」という人達の
見解はまったく正しくて、
つまりは過去生を「思い出した」としても、それを「思い出して」いるのは
現在の自分なので、現在と必ずリンクしていることに気付くことに
意味があり、だからこそ、なぜか今このタイミングで、
その過去生を思い出すのだ。


本当に、人間の意識、魂は不思議だ…

今回のセッションでは、また、男女の統合ということもテーマになっていた。
男性性、女性性の両方を自分の中に、完全に感じることによって、
またエネルギー的にもより統合された、
「欠乏感」に基づいて相手に何かを求めるという人間の「癖」のようなものからさえ、
脱皮できそうな感じだ。


この方は、明らかに、「精神的指導者」とでもいうべき道を
歩んでいる、思い出しているように見える。

胸を張って、背をしゃんと伸ばし、すっくと立ち上がりつつも
両手は優しく大きく広げ、揺るがぬ安心感を与えるかのように
両足はしっかりと大地に根を張って、
その表情は…
ああ、そう、菩薩のよう…


関連記事

該当の記事は見つかりませんでした。

Leave a reply






管理者にだけ表示を許可する