~ 天空の抱擁 ~ Celestial Embrace

人は誰でも心のあるがままで天に抱擁されている…
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休む勇気

いつも一生懸命、真面目に、誠実に
ものごとに取り組み、自己分析も、自己探求も、そして今通っている
苦痛から抜け出すための方法も一人で黙々とこれまでずっと
模索し続けて来たのだろう。

何かを新たに「する」とか、「懸命に言い聞かせてみる」とかをすべてやめて、
「足す」のではなく「マイナス」をしていく、すなわち、
「する」よりも「やめる」、
「しなくちゃ」よりも「しなくていい」
「どうすれば」よりも「どうもしない」という方に
ベクトルを向けるようにやっていくと…


人間、誰しも「抵抗」というものが出てくる。


なぜ、「抵抗」が出るのか。
「抵抗」をやめるとどうなるのか。

「抵抗」は、「防衛反応」だ。
抵抗することで、必死に守っているのだ。

では何を守っているのか。どうなるとまずいのか。


「痛み=傷」を守っている。

「抵抗」をするのは、抵抗しないと、『痛む』から。

「痛み」を感じることは、「恐怖」になっているから。



痛みや傷自体が恐怖なのではなくて、痛みを感じること、が恐怖なのだ。

私自身、どんなにそれを知っていることか。


「抵抗」には多大なるエネルギーを使う。
いつか、消耗し、疲れ、ギブアップする時が来る。


その時は、セラピー的には前に進んでいるということだけど、
渦中にいると、これはなかなか苦しい。

その瞬間に、「私は恐れと向き合います」などと言ってみても、
それはそれは長いこと守ってきた痛み=感情が出てくる時には
まったく余裕がなくなっている。

次々と はがれていく「たまねぎの皮」…


そうして、さまざまな抵抗を試みる自分自身の反応を見ながら、
時に、自分を見ようとするあまりに、とても厳しいことをしてしまったりしながら、
内側から、次々と現れる感情→記憶→感情

イメージングの中でも、出てこないものを、言われた通りに必死に
思い浮かべよう、とか、思い浮かべなくちゃ、と頑張るのではなく、
むしろ、「一生懸命やろうとする」のをやめる、
ひとつひとつ、そのたびごとに、自分のやろうとすることを
「手放していく」という作業、
力をこめるのではなく、力を抜いていく、
それも、「力を抜かなくちゃ。」と力むのではなく、
「力を抜いていいんだよ」という「許可」の感じ…

それをするのに練習が必要なほど、
たくさんのストレスを、たくさんの「抵抗」を抱えて、
常に「防衛反応」をしながら、
長い間、自分自身を守ってきたんだね…


苦しいプロセスが始まったように思える時もあるだろうけれど、
貴方の中から、少しずつ、前には出てこなかったものが顔を出す。

今回は、小さな子供の自分が、そのまま喋ってくれた。
喋らせてあげることができたね。

インナーチャイルドセラピーでは、通常、「大人の自己」に
話しかけてもらい、私自身が話しかけるというスタイルはあまり
取らないが、あまりにもぽんと素直な子供が出てきたので、
私が直接「子供」に話しかけることにする…
ぽつりぽつりと答えていく「子供」…

その内容に、後でご自身でもびっくりしていた様子…

でもすぐにその事実にも、再び起きる「抵抗」反応。
今度は、その抵抗の反応に対する抵抗が…

ああ…苦しかったんだね…。

怖いよね。痛いよね。つらいよね。

どうか、ゆっくり、ゆっくり、焦らずに…



そして後日、苦しい状況の中、現実に、今まで口にしたことのない、
本当の望みを、口にすることができた、とメールを頂く。
その瞬間は、すーっと軽くなったと…
そこまで来ただけでもすごいこと。

それでも続く、変わらぬ現実の環境に今日も明日もい続けるか、
いることをやめてしまうか、の二者択一、ぎりぎりの位置に
いるという状況から一歩踏み出せずに苦しむ貴方に
差し出される新たな道。

「休む」という選択肢…

この、当たり前のはずの発想が、あまりにも追い詰められた状況で
まったく可能性として浮かび上がっていなかったのだろう。

また、もし浮かび上がっていたとしても、
これまでは、「そんなの許されない」とか「甘い」とか
自分を叱咤激励して、見ないようにしてきてたのだろう。


でも、今の貴方は、それがベストだと「感じる」ところまで来れた。

「休むことが必要だ」と認めるところまで来れた。


ものすごい前進だ。


セラピーはもっとゆっくりペースにしてもいいし、
また間を空けても大丈夫。

今は、休むために、休むことを最優先に。


病院に行く勇気…仕事を休む勇気…


それは 甘えなんかじゃない。


そのことが、何よりも、誰よりも、他のどんなことよりも、
貴方にとって、どんなに「勇気」が必要だったことか。


時に、人は、休むことに勇気が必要であったり、
助けを求めることに勇気が必要だったり、
愛がほしいと甘えることに勇気が必要だったり…

なぜなら、それがもっとも抵抗を感じることだから。
抵抗をやめると、痛みが出てくるから。

休む自分を見ることは痛いから。
助けを求める自分を見ることは痛いから。
甘える自分を見ることは痛いから。

自分自身がもっとも「抵抗」してきたことに挑戦するのは、
どんなことでも勇気がいるし、どんなことでもそれは
素晴らしい価値があること…

長い間、頑張ってきたことだから、
その「抵抗をやめる=降参する」のは
勇気がいるのだ。

本人にとっては、「勇気」というよりも「降参」という方が
ぴったりくるかもしれない。


貴方は充分、頑張ってきた。

ここらでちょっと休んでみよう。

きっと、自分が想像していたのとは、
まったく別の方法、方角に向かい始めることに繋がっていく。

そして貴方はきっと 人間として、一回り大きくなっていく。

だって、ここまで自分に正直に、向き合おうとしている貴方はすごい。

それを経験した人間として、それを選択できた人間として、
貴方はこれから、同じような苦しみを抱えた大勢の人達に、
自らの体験を分かち合い、本の知識ではなく、
身をもって習得したことや、感情を表現することの大切さを
きっと、多くの人に伝えていき、その貴方の言葉で
大勢の人の気持ちが楽になっていく…。

本当に大勢の人が 今、苦しんでいるから…

抵抗をやめて無防備になれない苦しみで…

無防備になって真の自分を表現する喜びを渇望しながら…


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