~ 天空の抱擁 ~ Celestial Embrace

人は誰でも心のあるがままで天に抱擁されている…
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グラウンディングの意味すること

誰かに「『グラウンディング』(=地に足をつける)が足りない、と強く言われた」と言って
自分に自信をなくしている様子のクライアントさんがよくいる。


それを、「よくないこと」として否定的な調子で言われた、と
いうことを聞くたびに、ああ、きっとその人にそれを告げた人自身が
「グラウンディングが足りない」人なのね、と思う。

人にもっとも力説して説きたいこと、
人にもっとも理解してほしくて情熱として湧き上がってくるような想い、
それは、実際のところ、その人のハイヤーセルフが
その人自身に向けたメッセージとして発していることが多い。

人に力説したい時、それを聞くべきはまず自分自身。


グラウンディングが足りないと「言われた」という人を見るたびに、
私から見ると、その人に必要なのは(厳密には「必要なこと」などないが)、
グラウンディングというよりも、むしろその逆で、
本来のその人自身、すなわち、「グラウンディングが足りないと言われちゃうくらい」
スピリチュアルな自分をもっともっと抱きしめて、
受け留めることだと感じる。

地に足がついてない、と、何度も言われ続けて来た人は、
本来の自分の本質であり、長所であるはずの、スピリチュアルな自分を
否定し、「舞い上がらないように」一生懸命自分をコントロールしようと
頑張ってきて、「自分ではないもの」になろうとするあまり、
どちらの「領域」にも属することができない自分、というような
とてつもない不安定な状態になっていたりする。

その不安定な状態を見せてしまうことで、更にまた、
「あなた、グラウンディングが足りないわよ」と
言われちゃったりするのだ。

そして一生懸命、両足を開いて地上に「根を下ろす」エクササイズを
やってみたりするが、どう見てもうまくいっていない。


私のサロンに来てくれたそのようなタイプの人には、まずは、

「ここでは、とりあえず好きなだけスピリチュアルになっていいよ、
好きなだけ舞い上がっちゃっていいよ。
大丈夫だよ。ちゃんと降りて来れるから。あなたはすることがあって
地上に降りてきたんだから。」

というようなことを伝えることにしている。

そうして初めてその人は、本来自分がもっとも心地よいと感じていた空間や状態、
大好きだったものや、遠い昔には存在していると知っていたのに
感じないように、見えないように、聞こえないようにしてきたものに
対して、もう一度心を開き、
もう一度、「自分」を取り戻したように感じることができたりする。

そのことこそ、そういう自分としてしっかりとこの次元に存在していられることこそが、
そういう自分として、【ここ】にいてもいいのだ、と
自分自身に言ってあげられることこそが、
その人にとってのグラウンディングの第一ステップなのだ。

「地に足をつける」エクササイズなどは、その後のステップだ。


「妖精が見える」と言って、学校でいぶかしがられ
病院に行くように言われた女の子もそうだった。

「物体に意思があり、いつでも人間に話しかけている」と
「子供の頃は知っていた」女性もそうだった。


そんな素敵な自分を否定することを、「グラウンディング」と
いうのではないことだけは、わかっていてほしいな、と思う。

それを思う時、私はいつも、
両手を広げて、まるで安全マットのように、その人が空の自由飛行を終えて
降りてくるのを地上で待っているかのような気分になる。

エネルギーヒーリングで、変性意識を体験したり
異次元とのコミュニケーションができたり、
ハイヤーセルフや天使と出逢って対話が出来たりするようになることが
できるのも、そういうOKがもらえたからである場合が多い。

そして、大事なことは、なぜそれを、こんなにも私が情熱を持って
行なったり言ったりするのか、ということ。

冒頭に書いたように、それは、いつでも、
私自身がもっとも耳を傾けるべきメッセージをもらっているに
過ぎないからだ。

それを、シェアする機会をくれているのが、
サロンに足を運んでくれる人々だ。


だから今日も、私は、自分に翼をつけることにOKを出す。

今日も私は、自分の無邪気なインナーチャイルドに
遊ばせる。

今日も私は、自分の選択であることを意識しながら、
すべきことではなく、自分のしたいことに心を開く。


忘れてしまうたびに、思い出させてくれる人達が、いつもいることに
心からの感謝をしながら…。



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