~ 天空の抱擁 ~ Celestial Embrace

人は誰でも心のあるがままで天に抱擁されている…
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出でよ、内なる女神

現実に起きていることは、すべて自分の内面の反映。

事実と、それに対して起きる自分の反応が、「現実」として
自分自身に認識されるのだ。



だから、「現実」の数は、無数にある。


でも、真実は、ひとつ。

ただし、それは、ひとつの多面体。

たくさんの側面を持つ、ひとつのクリスタル。



たとえばチベットに起きていること。

それは、「チベットに」起きているのではなく。

「チベットと中国に」起きているのではなく。


「ひとつの地域に」起きていることでも、
「地球に」起きていることだけでもない。


それは、自分自身の内側に起きていることを現している。

それが、自分が認識する、感知する現実となっている。


私の中の、「チベット」は 何か。

私の中の、「中国」は 何か。

それらは いま、どういう関係にあるのか。


そして、それを取り巻く、周囲の反応は、
私の中の どういう部分を表しているか。


そして、何よりも。


そのすべてが、今、「現実」として、次々と、表面化している。

次々と、あらわになっている。


【 表れる 】 ⇒ 【現われる】 ⇒ 【洗われる】 ⇒ 【 顕れる】 



いま、もっともっと表面に浮上しつつあるもの。

私の、そして、多くの女性の、多くの男性の、文化や国家や歴史を超えた、
人間社会を創ってきた本質であり根底であり、「奥」でもあったもの、


内側にあったもの、奥底にあったもの、表には出なかったもの、
影にあったもの、裏に隠れていたもの、
従属であったもの、被害者であったもの、弱者であったもの、
柔らかさイコール弱さ、であったもの・・・・


限りなく不定に見えるものの中へと、浮上しつつあるもの。



「女性性」。 「陰」。 「女神」  



それが、表に、外に、押し出され、解放され、表現され、
立ち上がる、ということは、
ついに、女性性のエネルギーが、「男性性」エネルギーと
融合しつつあるということになる。


すなわち、外に向かう内なるエネルギー。
ほとばしる内面の輝き。

 
それは、すなわち、「優しさ」という「力」。

「曲線」という「一貫性」。

「変化」という「安定」。



出でよ。出でよ。

大いなる男性性の力を決して軽蔑することなく受容して、

大いなる大いなる女神達の神々しさと輝きを、
「美」を力強さとして表そう。


自らの女性性、女性的側面を、
男性もまた、自らの奥にある、女性性のエネルギーを、
惜しみなく、惜しみなく、
ほとばしらせ、包み込もう。

抱擁しよう。世界を。 自分自身を。




★。.:*:・'゚☆。.:*:・'゚ 。.:*:・'゚☆。.(ノ ̄▽ ̄)ノキラキラワープ☆

そんな体験を、聖地・熊野における「ターラ・マンダラ・ダンス」の3泊4日の「合宿」で
してきました。


一言で言うと、とにかく、素晴しかったです。

タントラワークで出会ったお友達の紹介で、
前から聞いてはいたものの、今回、やっと参加できました。
(しかも初日は、私の誕生日!)

実は、これに参加しようと決めた日に、チベットでの「暴動」のニュースが。
ただならぬ意味を感じたのでした。



チベット仏教における、観音様の慈悲の涙から生まれたとされる、女性の姿の菩薩、
「ターラ」。
あらゆる生きるもの、生命の中に宿っている自然性のことでもあり、
大いなる母性のことであり、男女問わず私達すべての中に在る聖なる女神、とも言えるでしょう。


21人の女性達が、ターラ菩薩の21の側面をダンスによってそれぞれ表現し、
一人/一つの面が表現されている時は、後方でマンダラが美しく動き続ける…

3日間かけて、ゆっくりと優しいペースでダンスを覚えて、
自分の担当する側面の自由な表現を考え、創造し、
最終日には、「晴れの舞台」、神社の境内において、
今回はそれも、世界遺産である熊野大社において、
ご神体である那智の滝に、その舞いを奉納しました。

最終日の朝は、私達「踊り子さん」の役をする女神達(女神の役をする踊り子ではない)は、
それぞれフルメイクを施し、お互いの髪を結い、
正装(色とりどりのサリー)をして、美しく、美しく、支度を整え、心を整え
おごさかに神社に向かいました。

今回、初参加の私が授かったのは、「揺ぎない真実」という舞いでした。

どんなダンス(女神)が巡ってくるか、も、完璧なタイミングと完璧な意味がある、と
講師のオーストラリア人の素敵な女性、フェリシティも言っていました。

私は、いま、自分自身の「揺るぎない真実」を、表現する時期でもあり、
逆に、それについての挑戦をしているところでもあります。

観客という「人間」に向かって、ではなく、力強く神々しい那智の滝とそれを取り巻く自然に
真正面から向かい合って、私の中からほとばしるものを、表現し、献上した時の
すがすがしさ、ひれ伏すまでの畏怖、畏敬の念、そして、それを捧げた後、
再びマンダラの踊りの輪の中に戻る心地よさ、
個の表現、グループの表現、芸術性もとても高い、と思いました。

本当に、美しい踊り。美しい意図。美しい動機。

「生きとし生けるものが幸せでありますように」
「生きとし生けるものが解放されますように」

という祈りで終わるこのダンス、本当に、多くの女性達に体験、体現してほしいと思いますし、
私自身、「常連」になる意気込みです(笑)

歌ったり踊ったりの中には、マントラ(真言)もあります。
私はもともと、何かを「唱える」、それも、集団で唱える、という行為には、
そのパワフルさと危うさから、これまでずっと慎重な姿勢でいました。
でも、今回経験した、この踊りの中には、それは本当に、美と優しさ、そして力を伴っていて、
それこそが、私が今回体現した、「揺るぎない真実」そのものでもありましたし、
初めて、マントラの美しさ、その心地よさに、安心して酔いしれることができました。

そして、すべてのものの中に、愛と美しさを見出すことのできる存在となっていくことに
一層の確信と勇気を頂きました。

男性の皆さんも、「プロテクター」という、マンダラダンスを踊っている女神達の周りで
守る役割のダンサーとして参加することもできるようです。毎回男性たちばかり、と決まっては
いないようですが、今回は全員が男性で、その男性たちの存在がまたとても素晴しかったです。
とても深遠な構図だと思います。


ターラダンスのワークショップは、年に二回、日本国内の聖地において行なわれ
奉納されるようです。

踊りたい人、女性性を解放したい人、なんだかわからないけど惹かれる方、
使命を感じる方、解放したいと思う方、どうぞ是非次回(秋の予定?)、ご一緒しましょ!

ターラ・ダトゥ・ジャパン

ターラ・ダトゥ公式HP



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