~ 天空の抱擁 ~ Celestial Embrace

人は誰でも心のあるがままで天に抱擁されている…
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聖なる沈黙

自然に訪れる沈黙の不思議さ、重要性は、グループワークであっても
個人セッションであっても、そして勿論、一人で瞑想している時も 同じだ。

一人で瞑想している時などは、外見上は 静かに黙って座っていても、
いわゆる「雑念」、頭や心の中のとめどないお喋りで、
内面はとても静かとは言えない状態を経て、
いつのまにか、完璧な静寂へと到達する。

その時、そこには 判断も 批判も 反省も 感情も 自責も 何もない。



個人セッションの時も、不思議な沈黙が 部屋を満たす瞬間がある。

それは、クライアントさんが泣いているなど、感情を感じるワーク中のことや
深く考え込んでいる時のことではない。


なんともいえず、不思議な 「静けさ」だ。


その、もっとも素敵で不思議な瞬間は、
クライアントさんと私の双方に、まったく同時に訪れる場合だ。


ふっと、ふわっと
そっと、

スペースが、やわらかい何かに 抱擁される。


そこでは、呼吸さえも 意識していない。



何かを言おう、考えようという、必要性がまったくない、
ただ、そこに「在る」状態。

ただ、そこにいて、「生きて」いる状態。

そして、ただ、それを「感じて」いる状態。



分析もない。説明もいらない。 思考はいらない。



そうして、ふっと、その状態から出てくる瞬間、
つまり、元の状態に戻る瞬間も、
ほとんどの場合、クライアントさんと私、同時だ。

そして、ほとんどの場合、その後も、
それがなんだったのか、話し合う必要が ない。


これぞ、官能であり、感応だ。


何もない、ように見える、何かで満たされた状態。

スペースだらけ、に見える、スペースという存在。


この不思議な瞬間を、「時」と呼ぶのか、「場所」と呼ぶのか、
「状態」と呼ぶのか、どれでもいいし、どれでもない。


ただ、それこそ、かけがえのないミラクルであることは確かだ。


沈黙を ただ抱きしめ、沈黙に 抱きしめられることを 許す。

静寂を ただ抱きしめ、静寂に 抱きしめられることを 許す。



見えない世界と見える世界の一体感。

クライアントさんと私の間の空間が繋がり、満たされている一体感。


恐らく、どんなシェアリングよりも、どんなレクチャーやエクササイズよりも
大事な大事なワークでありながら、あらかじめプログラムもコントロールもなく、
ただ、それは、「起きる」。



それを 私は 【聖なる沈黙】 と 呼んでいる。



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