~ 天空の抱擁 ~ Celestial Embrace

人は誰でも心のあるがままで天に抱擁されている…
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『どんなハートもハート♪』

久しぶりに、インナーチャイルドセラピー関連です。


今日、ご紹介するのは、もう何ヶ月か前に、
およそ一年の継続セラピーを経て、無事に区切りの『卒業』を
迎えた方の、卒業式で「発表」された作品です。


彼女は、もともと、ものを作ることが大好きで、
手作りのせっけんや帽子や可愛いシュシュや、
たくさんのご自身の「手作り」のものを
セッション中にも見せて下さったり、頂いたりしました。

もともと、アーティストなインチャイちゃん(インナーチャイルド)は
ちゃんと「生かされて」いたのです。


ところが、アーティスティックな人達の中の強いキャラクターとして、
意外に多いのが、「完ぺき主義」のアダルトちゃんなんです。

ある意味、それは芸術家たるがゆえの、
全世界、古今東西問わず、
共通のアダルトチャイルドちゃんかもしれません。

いつもうちのセラピーでお話するように、
当サロンのセラピーでは、「アダルトチャイルド」という言葉を
便宜上使いますが、「愛すべき」という形容詞がつきます。

この世、この次元、制限だらけのこの社会で生き延びるために、
時間や空間という、本来、エネルギー体としての魂には、
ましてや、純粋無垢なインナーチャイルドのスピリットとしては
まったく意味のない「制限」の中で生きていくのですから、
それはそれは、アダルトちゃん達の苦戦ぶり、そして
必死のサバイバル、そしてそして何よりも、その宝物のインチャイちゃんを
傷つかないように、誰にもわからないところに、隠してきたのです。

でも、あまりにも生きるのに必死で、自分で自分のインナーチャイルドを
隠した場所がわからなくなってしまった…
あるいは、インナーチャイルドちゃんがどんな子だったかすら、
覚えていないように記憶や感覚を麻痺させてしまった…

そんな風に捉えていきます。


彼女のように、インナーチャイルド的エネルギーと共に
生きていても、そこには、手綱を持っているかのごとき
アダルトちゃんが、「世の中で受け入れられていくため」とか
「完璧さ」を求めて、しっかりと前線で頑張って踏ん張っていたのです。

それは、本来の、芸術家としての「自身の作品へのこだわり」という部分を
大きく超えて、「他人」を意識して頑張り、
自己を防衛し始めたアダルトちゃん達だったようです。


そんなアダルトちゃん達が、自分達の「戦略=手綱」を、「ゆるめる」ためには、

・・・そうそう、「ゆるめる」のであって、
手放したり消去したり治したりする必要などないのです。

それは、立派なアダルトちゃん達自身の大切な特技であり、
宝物のインチャイちゃんの封印を解いて、自由に生きていけるように
手助けをする時に、重要な役目を持っているのですから、
それを、あまりにも大きな防衛のエネルギーで消耗してしまわないよう、
そして、ここぞという時に発揮できるように、力を抜けるように
してあげるのです。


そうすると、アダルトちゃん達が、いったい、どんなことに
エネルギーを使ってきたのか、が見えてきます。


どんな自分を隠すために、どうしたのか、が見えてくれば、
隠しているものそれ自体は、もともとその逆のエネルギーを
持っていたはずだ、ということがわかります。

そう、それはつまり、とてつもなく、ピュアでパワフルなエネルギーを
持った自分(インナーチャイルド)を
隠さなくてはいけなかった、ということなのです…




話がそれましたが、今回の作品を「卒業」式で発表してくださった彼女もまた、
深い深い洞察と多くのギフトを、途中で発見していかれました。

彼女のインチャイノートは、本当にいつも、ご自身の内面に正直で、誠実で、
そこに吐き出された、正反対の側面を持つチャイルド達を
全員、一人残らず、愛をもって、受容していく過程で、
ご自身の「作品」への、手厳しいジャッジメントを手放すという、
とてもとても重要なポイントが発見されたのです。

アーティストとして、自分の満足いく完璧な作品にしたい、という想いが、
いつのまにか、「完璧」でない作品とは、「失敗作」であり、
これでは人に見せるのが恥ずかしいという思いや
駄目な作品というジャッジをしていたことによって、
自由で楽しく作品が創れなくなってしまっていた、アダルトちゃんの
存在と「思考」に気づき…


そして、毎回毎回、丁寧に、日常で起きていることと、
インナーチャイルドセラピーをリンクさせて、
ご自身のこれまでの色々な痛みや傷や、感情を見つめ、
向き合い、吐き出し、認め、理解した時…


セラピー終盤で、彼女は、すべての作品が、
愛しいと思える境地に至りました。

セラピーを開始する時に、特にそこだけを具体的に
めざしていたわけではないので、彼女にとって、これは、本当に、
大きなサプライズギフトだっただろうと、私は感じました。
それはすなわち、私自身にとっても、大きなギフトとなりました。


彼女自身の説明によると、
前なら、「失敗作」と見なしていた作品も、
人様にお見せできない、商品としては出せない、と
判断していた作品も、その一つ一つは、
たとえ、何かが足りないようでも、いびつでも、
とても愛しいもので、一つ一つは、その作品そのものとしての
完成品(今、「感性の品」という言葉がやってきました)であり、
それは、そのままで、完璧なのだと…!



そして、それこそが、インナーチャイルド達の姿そのものであり、
アダルトちゃん達も、インチャイちゃん達も、全員、一人一人が
愛しく大切な存在で、誰一人無駄な存在はなく、
誰一人間違ってもいないし、恥ずかしくもない。

たとえ、「ネガティブ」と呼ばれる感情であっても、
それは自分の中の大切な、愛すべき一部。

本来、「悪気」や「悪意」があった子供達などいないのだ。


・・・という気づきと自己受容の状態で、

彼女は、本当に、素晴らしい一枚の「絵」を描いてきてくれました。


(確か、絵を描いたのは、久しぶりだったんじゃないかな?
インチャイ中に、絵を描きたくなったり、インチャイノートにたくさん絵が
描かれていたのだと思います。)


その絵のタイトルは、「Gift」(ギフト)。



Gift




大きなハートも、
小さなハートも、
真っ赤なハートも、
曇ったハートも、
はっきりしたハートも、
薄いハートも、

みんなみんな、ハート(=愛)。


そんな説明をして下さったのを記憶しています。


あまりにも感動した私は、わざわざ卒業式に合わせて
描きあげて、持ってきて下さったこの絵を前にして、
しばらく声も出ませんでした。






このタイミングで、皆様にご紹介するのも
きっと、大きな意味があるのでしょう。


この素晴らしい作品が、
皆さんのハートに、そして、ハートの中の
たくさんのハート達に、
あたたかく 届きますように…


あらためてAちゃん、ありがとう…



映蓮


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