~ 天空の抱擁 ~ Celestial Embrace

人は誰でも心のあるがままで天に抱擁されている…
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「あなたがたは同じものでできている」

ここのところ、現実に、この社会で起きている変革もそうですが、
「信仰」や「宗教」、「権威」、「組織」などについての、
現世での「制限」や痛み、そして過去生からの課題と向き合うことになる方の
セッションがよくあります。

そして、多くの場合、同じソースと思われるところからの
共通したメッセージが届きます。

その中でも、もう、かなり前になってしまいましたが、セッション中に、
私が極端な変性意識状態になった時の「メッセージ」を、
録音したものを書き起こして送って下さったので、
意味不明の部分もあるかもしれませんが、
セッションの雰囲気もわかるでしょうし、必要な人には伝わると思うので、
そのまま載せさせて頂きますね。

私の方は、お客様に送って頂くまで、まったく何も覚えていませんでした(~_~;)

後半は、そのあとの【名前】の高波動で、すごく「言葉」を口から出すのが
大変だったことは覚えています。

ただ、私の認識としては、先日も書いたように、あくまでも、そこに自らの選択で
自分自身と向き合っているお客様がいらっしゃるからこそ伝えられたことであり、
それは、すなわち、一人一人がもっと崇高で叡智に満ちた存在である、
ハイヤーセルフと繋がっているからこそ可能になること、つまり、
このすべては、「ハイヤーセルフ経由」(=ご本人)で、本人が本人のために、
選択したものが、来ている、ということです。

(私=映蓮の意識で注釈を加えたり、コメントしている部分は、括弧でくくってありますので
そこをスキップして読んで頂けるといいかと思います)



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 (前にも言ってることなんだけど)

たとえば罪悪感が強いということは、罪の意識が強い。

罪の意識が強いということは、「罪がある」という意識がある。

罪があるということは、「罪がないものがある」 

これに焦がれるがゆえに、これを強める。

そういうことになっている。



(これは○○さんのHSが言ってるのかな…?芸術家の話になるんだけど…)


美についてもしかり。

何かを美しいというのは、何か美しくないものを想定している。


それが人間の意識だ。今まで。


美を称えれば称えるほど、美でないものを想定していることになる。


これでないものは美しくない 

美しくないということの罪悪感もからんでいる。



芸術家は、ただし、古今東西問わず そこに挑戦している人達でもある。


彼らの価値観とか、個性、作品に出されるもののが

その時代には美しくないと判断されたりもする。


それが 彼らが亡くなってから、これはいいものだと言われた時に、また、

それがいいものだということは、良くないというものが存在する。



それは どうして美しくない美しいか、価値があるかないかと

判断をやり続けるかというと、


(こういう表現を使うのは初めてなんだけど…)、 「落ち着く」から。

なじみがあるから。

だから基準を作って、どっちにしようか、どっちがいいか。見極めようとする。


正しいのはどっち?とか。



今までやってきたのを この前も言ったように 超えていくのだ。


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(○○さんに、すごい伝えたいこと…今までと矛盾するかのように聞こえるかもしれないけど…
「そなた」っていう言葉できてるんだけど)



そなたは、「殉教」ということについて、間違ってたのではないかと思ったことがある… 


それで それを 盲信したりということの危険性と 


(あまりこの言葉は使わないのだけど…) 「愚直さ」 について、

亡くなってから、 民の心をあやつるような行為に

異を唱える勇気を持ちたいと思ったり、持ったりして次の生に臨んだこともある。


今もそのことに慎重であるし、抵抗や憤りを感じることも多い。

だが、そなたは、今生では それすらも超えた極みから、己の姿をみるがよい。



そうすると、我?私と同じところから、

そなたのその神の名のもとに命を落としたりした生ですらも、

美しいと感じることができるはずだ。



その憤りを超えて、そこにあった、「献身」という美徳を見てごらんなさい。

そこには、「純粋さ」がある。


そのようなことを感じとっていくことが、

今までの「善悪」を超えてすべてを抱きとめるということであり、

私は常にそうしてきた。


「献身」と「純粋」は、あなたの魂の本質でもあるのだから、

それを間違っていたものと思う必要はない。

だから心配する必要はない。



もしあなたが 過去の自分に再会した時には、

今の私と同じように、その自分を讃えて 祝福してあげなさい。


どの生にもあった、己の純粋さと献身

それを讃えて祝福して それと同じ事を 

そのあとにでいいので、

汝の敵にも、敵だった魂たちにも

見いだすことが容易になるだろう。


あなたがたは 同じものでできている。


・・・サナンダー&サナトクマラ・・・』



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