~ 天空の抱擁 ~ Celestial Embrace

人は誰でも心のあるがままで天に抱擁されている…
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錬金術的 黄金週間

ゴールデンウィークの間、不在にしていたのは、
Meditative Sexualityという、タントラライフ・トレーニング、
「~瞑想としての性エネルギーの探求ータントラの道~」という、
5泊6日のリトリートに参加していたから。

その前の、パート1の2daysも含めると、
1週間以上の、ディープなタントラワールドに浸っていたことになる。


私と、タントラの出会いは 初めてではない。

学生の頃から、霊性とセクシュアリティの結びつきが
もっとも関心を持っていたことの一つであり、
「聖娼」という概念の議論もよく好んで行っていた。

ヒーリングスクールでも、タントラのクラスがあり、
セクシュアルなエネルギーの交換や
ブレスワーク、濃厚なダンスの時間などがあった。

その後も、折にふれて、タントラには触れてきたし、
ここでも何度か書いているように、タントラワークにも参加した。

そして、今、女性対象に開催しているエクスタシーダンスも、
ある側面では、タントラ的なものだ。


でも。

その意味合いや深さやギフトにおいて、
今回のものに比べられるものはない。


私は、タントラにそれほど興味を持っていたにも関わらず、
セクシュアリティ、あるいはセックスライフとタントラとの関連性を
もっとも望んでいたにも関わらず、
それは自分にはわかっているものとして、
いつも、自分のプライオリティリストの一番上ではなく、
2番目、3番目において、余裕があるかのようにしてきた。


だけど、本当は、私にとってそれは、トップに持ってきてよい、
持ってきたかったのものだったのだ。


もう時間があまりない、と感じることもあって、
ようやく、その徹底的探求をする許可を出すタイミングが
やってきた。


色々な意味で、究極のことが待っていた。

濃厚で、激しく、自分の感性だけが尺度で
それ以外の価値観が消滅してしまう混沌の中で、
本来の自分と向き合い、
どこまでもつきまとう、自分の人間関係、特に男女間のパターンとも向き合った。


どんなことをしようとも、
どこであろうと、誰が相手であろうと、
すべてをゆるめると出てくる、古いパターンは
いつも同じだ。

外が原因なのではない。

自分の内側が、そのなじみのあるパターンを作り出し、
なじみのある否定的な自分の姿に同化しようとする。


そんなものとも、優しく向き合った。

手放そうとするのはやめて、それでよしとした。


相手の問題なのではなく、自分の問題だ、という視点と、
自分の問題なのではなく、相手の問題なのだから、という視点の
バランスは、難しいけれど、とても大事。


セクシュアリティのワークに限らず、
どんなワークでも、結局のところ、「己は誰か」ということ。


私の中の色々なものに、崩壊する許可を出し、
解放し、境界を超えた。


そこには、他の誰でもない、真実の私自身が
真に美しいと感じるもの、真に崇高であるもの、
その究極が待っていた。

しかも、その究極を味わい、喜び合う仲間がそこにいた。

それでもそれぞれの感性は、それぞれのものであり
それぞれの世界が、それぞれの世界とリンクしている、
その幾重にも重なる真実のレイヤーが
色とりどりの羽衣のように、
重力のない、透明感のある究極の最後の一枚のベールだった。


そして、その究極の先に待っていたものは、
次の究極への探究心だった。


私は、少なくとも今年、タントリカとしての探求を
納得いくまで極めてみようと思う。

初めて、堂々と、公に、そのことを宣言している。

タントリカとしての私を。


世界は、今、以前のフィルターが一枚取れて
更に繊細で、更にフレンドリーで、
更に愛しく、本当に尊くて、美しく映る。


官能的な私を、私が全面的に受け入れた時、
私が私を見る目が変わり、
その私が見る世界は、何よりも、オープンで、
両手を広げて、私をウェルカムしてくれている。


夏には、イタリアでのアドバンス・トレーニングに行く予定だ。



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