~ 天空の抱擁 ~ Celestial Embrace

人は誰でも心のあるがままで天に抱擁されている…
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福島に行ってきました

ツイッターやミクシィではつぶやいていたのですが、
このブログでは唐突かもしれません。
先週末、福島に行ってきました。

今頃、何をしに?と言われると、困ってしまうのですが、
一番大きな理由は、なんといっても、単純に、

「行きたかった。まずは一度行かなくちゃ、と思ったから。」

福島は、他のいくつかの場所と同じように
私にとって、とても特別な場所で、
私が、人生で二回、大病をしたり怪我をした時に
ラジウム温泉や、整体や、自然の風景に癒してもらった場所でもあり、
フジテレビ時代に取材で何度もお世話になったこともあり、
福島から毎月、うちのサロンに通って下さったお客様もあり・・・

と色々ご縁があるのですが、
とにかく個人的に、愛着を感じる場所だったのです。

その福島が、今回、地震、津波、その上に放射能という
ものすごい災難に見舞われている…

福島市内などでも実際は線量が高い、という情報も勿論知っていたので
放射能の影響に対する不安がなかったといえばウソになります。
そういう意味で、無謀だと言う人もあろうかと思います。

何ができるだろうとか、自分が何かできることをしようとか、
そんな想いがなかったわけではありませんが、
今回は、とにかく、行くこと。
大好きな場所に行かなければ、と。

それも、東北新幹線も運転を再開し、
自衛隊や、初期のボランティア活動をしてくれた大勢の方達の
決死の努力で、私のような者でも行ける状況にまでして下さったからこそ
可能になったタイミングなので、行く前から感謝の気持ちでいっぱいでした。

とにかく、私自身が行かずして、私自身の体験なくして、
単純に、福島のことを危険とか避難した方がいい、とか
これ以上、聞き続けたり、言い続けたりしていたくなかったのです。

だって、すべてわかったとしても、
そこに住み続ける選択をしている人達がいるのだから。
出たくても出られない(と感じている)人達もいるのだから。


今回は、福島在住の大切な友人の申し出に甘えて、
車で案内して頂き、とにかく、「福島に起きたこと」を、
ほんの少しでも、自分の五感で、体感してくること、
住み続ける選択をする、あるいは、しなくてはならない人達の
今の状況に対する気持ちに少しでも寄り添いたかったのが、大きな目的でした。


そうはいいつつ、気持ちだけで走ったというわけでもなく、
この震災以降、すぐに購入していた、簡易ガイガーカウンター(中国製)も
念のために持参し、素人の測り方ではありますが、
要所要所で測定したりもしてみました。


新幹線で、郡山が近づくと、急に涙が出てきて、
ああ、やっと来れた…という感慨深さでいっぱいになりつつも、
同時に、冷静で客観的な私も顔を出し、線量計を出して電源を入れてみました。
(私は使い方をちゃんと熟知しているわけでは
ありませんので、具体的な数字は、客観的「記録」としてではなく、
私個人の比較の目安としてのみ書きます


すると、やはり、色々な人のブログなどでも見ていた通り
新幹線の中にも関わらず、数字が上がり始めました。

横浜の自宅(大体0.10μSv/h)では
見たことのない数字にすぐに達し、
福島に着く頃には、1.79という数字を見ていました……

やはり、福島市は、放射線量がかなり高いというのは
周知のとおりの事実だったのです。


その後、福島~相馬~南相馬 と、車で連れて行って頂きました。

そこには、やはり、もう震災から3か月たとうというのに
言葉を失って立ち尽くしてしまうような、津波被害の跡が
まだまだたくさんありました。

DSC00216_s.jpg



テレビや写真で見るのと実際にその場にいるのでは
本当に違います。
一番浮かんでくるのは、「?!」という、強烈な、
言葉にならない、意味がわからない、
何を見ているのか理解できない、という衝撃でした。

DSC00237_s.jpg


民家の間に、ど~んと立てかけられたように漁船があったり、
バスや車が、水の中に横転したままだったり
流されてきた家がそのまま、中は空っぽの状態でそこにあったり…


必ずしも海の「近く」ではないところに
広大な「水たまり」があり、それ以外は何もない。

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だだっぴろい場所の中に、うずたかくそびえ立つ、
「瓦礫」の山…(でも、本当は、瓦礫なんかじゃない。
大切な、ふつうの家財道具や建物や田んぼや畑だったのです)

延々と続く、「何もない」光景。


DSC00232_s.jpg


でも、私が今回行かせて頂いたタイミングでは、
何よりも強く感じたのは、
ここまで片付けるのに、どれだけの、本当にどれだけ多くの人の、
どれだけの苦労と労働と、悲しみと憤りと絶望があったのか、ということ。

それをここまでの状態にするのは
どんなに大変だっただろうと…

実際、同じ時期に同じ場所に行かれた人のブログの中には、
「まだ何も復興していない」とか、
「いまだにこんな状態で大丈夫なのか」などの
記述も見られました。

想像を超える広大なエリアの話なので、
現状は、場所によって大きな格差があるのも事実でしょう。

でも、私が率直に一番感じたのは、上記のような、
想像を絶する災害に、想像を絶する驚愕の労働力が注がれ、
その一部だけを見ているのだとしても、
ここまでたどりついている、ということでした。

ここでは道路も復旧されて、私はこうしてここに立つことが出来ている・・

DSC00224_s.jpg


道路脇に、「自衛隊さん、ボランティアの皆さん、ありがとう」と
書かれた木の板を見た時は、胸がいっぱいになりました。



その後、福島市に戻る途中、あの飯舘村を通過しましたが、
やはりこの付近では、アラーム(2.5μSv/hに設定)がけたたましく
鳴り響くことが何度もあり、途中、最高で「7.〇」という数字を
見た気がしましたが、ほんの一瞬で、すぐに2.いくつに下がりました。
(勿論、それでも高い)

車で走っていたということもあるのですが、
いわゆるホットスポットというのがやはりあって、
ある一帯がずっと同じ数値なのではなく、突出したポイントがあって
その付近であっても、がくんと数字が下がったりしていました。

さすがに人を見かけることは少なかったものの
そんな中でも洗濯物が外に干してあったり
自転車で走る若者がいたりという光景は、
なんともいえない気持ちになりました…


それでも、「そんな福島からなぜ避難しないの?」という声を
この場所で上げるのは、とても重いと感じました。
ほんの二日、福島にいただけで、
私は、それまでの、自分の中にもあったその声に対して、
「うるさいなーわかってるよ!」とか、
「それなら、目に見える何かを示してくれないと」という声が
自分の中から上がるように思いました。

せめて、ガイガーカウンターを、一人一人が無理なら
一家に一台でもいいから配らなければ、
感覚として、何一つ確認できるものはないのです。
それなのに、ただ外部から、危ない、避難しろと言われても
身体ですぐに危険を実感することができないどころか、
安全も実感できないのです。

それでも、線量計では、こうして数値は見えるけれど、
実際には、空も青く山も相変わらず美しく
人は優しく、何も変わっていないと感じてしまうのは、
ましてや、そこに長く住んでいれば当然のことだろうと
思いました。

勿論、小さいお子さんや赤ちゃんがいらっしゃる方達は
疑問の余地もなく、見えないからこそ、早く出た方がいいに
決まっています。

でも、それ以外の人達が、県外への移住を決める、というのは
本当に大きな決断であり、とても繊細な気持ちの問題もあると思います。

そして今や、関東をなぜ出ないのか、
日本をなぜ出ないのか、という問いと向き合う状況にすらなる中で、
今この瞬間、私から出てくる答えは、
「ここ(この国)が好きだから。愛しているから。」

この国の政治や社会保障や慣習やそんなものを愛しているのではない。
国民として自分もその一部であり、責任を負っている一人だとはいえ、
どうしても、がっかり、失望が強まり、憤りや諦めが募るのは否めない。。

では、なぜ愛しているのか、口でうまく語ることが出来ないから…
だからやっぱり、愛しているから、なのだと思います。

そして、スピリチュアルな表現をあえてさせて頂くならば、
今生で、この時代、ここにいることに、きっと意味があるから、
それを確信しているから、今は、まだここにいるのだと思います。

勿論、やるべきことがあるから、なのだろうとは思います。

それがたとえ、ここで楽しく笑っているだけだとしても、
踊りの歓びや自由を表現しているだけだとしても、
きっとそれが、私がここでやることなのだとしたら、
それがなんであれ、自分自身でいるというだけでいいのだと思います。


もう一つ、理屈ではなく、今回、確信に近い感覚で
感じたことがありました。
感覚的なことなので、説明はできないのですが、
あえて書きます。

それは、福島は、きっと、きっと、愛と輝きに溢れる、
希望の最先端を行く場所になる。

大きなエネルギー変革が、福島から、熱いエネルギーとして
広がっていく。

いつか、たくさんの、夢と希望が、福島から、
この日本から、生まれ始める。


新しい時代、新しい人類、新しい生命の在り方、
真の癒し…真の絆…たくさんの未知の可能性…


今は、まだまだそんなことを言っていられる場合ではないですし、
現実に起きている深刻な問題に対処しなくてはいけないことも
充分承知しつつも…

たとえ、これが私個人の希望的妄想?だとしても…
ずっと先の遠い未来の話だとしても…

日々、状況は変わり、私の中も揺れ続けるけれど、
今回の旅では、私が空気の中にたくさん感じたのは、
放射能よりも何よりも、人の優しさや愛だったから、
誰が何と言おうと、それを想像/創造することを選択します。


アムリタ_映蓮



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