~ 天空の抱擁 ~ Celestial Embrace

人は誰でも心のあるがままで天に抱擁されている…
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イマジン~ジョン・レノンの命日に~

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(Photo:2005年6月、ヒューマニティチーム世界大会でニューヨークを訪れた際に撮影。 )

想像してごらん 天国は存在しないと

やってみれば 簡単さ

僕達の下に 地獄はなく

上には 空があるだけ

想像してごらん 

皆、今日という日のために生きていると


想像してごらん 国は 存在しないのだと

そんなに難しいことじゃないでしょう?

何かのために殺すことも 何かのために死ぬこともない

宗教も無い

想像してごらん みんなが

平和に人生を生きているって...


君は、こんな僕のことを 夢追い人だと言うかもしれない

でも 僕は一人じゃない

いつか、君も加わってくれることを願っているよ

そしたら 世界は ひとつになるだろう


想像してごらん 所有するものはないのだと

そんなこと君にできるかな

そうすれば 欲もないし 飢えもなくなる

人類は みんな兄弟だ

想像してごらん みんなで この世界を分かち合うんだって...


君は、こんな僕のことを 夢追い人だと言うかもしれない

でも 僕は一人じゃない

いつか、君も加わってくれることを願っているよ

やがて 世界は ひとつの命として生きていくだろう




「イマジン」の曲と出会ったのは、確か中学の時。
個人レッスンを受けていた英語の先生から紹介され、
世界平和を歌った曲として、私の人生で初めて
ものすごい衝撃と共に、心にしっかり刻みつけられた。

その後、私の中で、呪文のように「世界平和」という言葉を
繰り返しながら、高校の時、奨学金でアメリカに1年間留学。
その留学生活の一番最後に、その年の世界中からの留学生たちが
バスをチャーターしてニューヨークに集結。

そこで、様々な国や文化の仲間達と手を繋いで輪になって、
泣きながら歌ったのがこの曲だった。

その時の高揚感や、「見えた」ように感じた光の渦、
どこからともなくやってきた、「みんな違って皆でひとつ」という
メッセージと気づき。

私は、これを目的にして生まれてきた。

これが、巡り巡って、いま、私が日々、仕事を通して、
また、私という人間を通して、体現しているつもりのビジョンだ。

いま思うと、このビジョンを受け取ったのも、あのニューヨークでだったのだ。


そのわずか数年後、同じニューヨークで、ジョン・レノンが、
ファンの男性に銃撃されて亡くなるなどとは、それこそ「想像」もしなかった。


私の中で、「世界平和」の在り方が、人々の意識の在り方そのものだ、と
あれほどまでにはっきりと、世界の共通言語である音楽を通して
示してくれた人が、突然亡くなってしまった…

それは勿論、大きな衝撃だったのだけれど、それ以上に
その前後に、彼が発表したばかりのアルバムによって、
違う衝撃を受けていたことが、なんともいえない複雑な「問いかけ」を
私に残した。


その日、その第一報は、リアルタイムで「速報」として入って来たのを
FENで聴いた。

John Lennon was shot....」

John Lennon was shot...

John Lennon was shot...

ラジオで聞き取れたその一文。

私にとって、それは、人生で初めての、「よく知っている人」が突然亡くなる
体験だった。

しかも、同時に、あまりにも若かった私の反応の一つに、
「えええ?あれが最後のアルバム?!」というものがあった。

その最後のアルバムは、亡くなるほんの少し前にリリースされたばかりで
私は、直前まで、それを何度も何度も聞きながら、
「がっかり」していたのだ。

そのアルバムに入っていたのは、大ヒット曲、「Starting Over」を始め、
妻のヨーコや、息子のショーンへの愛を歌った曲ばかりで、
世界平和や人類愛などの普遍的愛とは大きく印象が異なる、
きわめて「パーソナル」な愛ばかりが歌われていたことが、
その頃の私に、「つまらない」と感じさせたのだ。

あんなに大きな愛を歌っていた人が、
ヨーコへの嫉妬やら復活愛やら、ヨーコヨーコヨーコと連発している・・・
「どうしちゃったの?!」と。

それは勿論、家族にとっては最高の遺作になったろうけれど
アーティストとして、どうなの?・・・・な~んて。

今なら、わかる。

ジョン・レノン本人がどう感じていたのかは知るよしもないけれど、
今の私なら、私自身の在り方として、感性として、
その変貌は非常によく理解できる。

そこに到達した愛は、ある意味、以前よりも更に深く大きな愛だ。

人類愛と、パートナーへの愛と、自分への愛と、子供達への愛、
生きとしいけるものへの愛、この世界への愛、すべて
繋がっていて、同じものから出来ている。

それらすべてを含む愛。


本人がどう思っていたのかは別として、
最後のアルバムは、そんな意味があったように
今は、感じる。


それでも、ジョンのIMAGINEは、やはり時を超えて、むしろ今こそ
その珠玉の歌詞の意味がしみわたる。

この曲が、当時、もっとも聴きたい、歌いたい曲とされていたにも関わらず
911の後、アメリカでは放送禁止になったという。
非常時には、ほんとに、その国の集合無意識的な究極のネガティブパターンも
出てくるものだ。


そういえば、日にちは違うけれど、2日前の12月6日は、
テレビ局時代、同期だった報道記者、入江俊彦君が
アフリカで飛行機事故で亡くなった日でもある。

同期の中でも、有望とされていたし、あんなに強いエネルギーの持ち主が
まさかこんな形で亡くなるとは、と、あまりにも衝撃的なその死を
受け止めることができず、何週間も泣いて過ごしていた。

入江君とは、なぜか話がよく合い、お酒を飲みながら、
「世界平和」について語ったりした覚えがある。

使命感、正義感に満ちた、個性的で熱い、「行動の人」だった彼のことも、
この時期、必ず、ジョン・レノンと一緒に思い出す。

2人は、私の中では、何か繋がっているのだろう。






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