~ 天空の抱擁 ~ Celestial Embrace

人は誰でも心のあるがままで天に抱擁されている…
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生まれ変わったアルバム(インチャイ卒業写真)

先日、インナーチャイルドセラピーの【卒業式】に、
写真がくっついていて剥がせないからと、
わざわざ大きな古いアルバムを大事に抱えて
いらした方の素敵な祭壇の写真をご紹介しました。

今日ご紹介するのは、逆に、別々のまま毎回
セッションに持ってきていた、幼い時の色々な写真を
【卒業式】ワークで、ひとつのアルバムに
貼っていらしたケースです。


セラピーの中盤以降、「後半」にかけて、
あるいは必然と判断したタイミングで、
子供のころの写真やアルバムを、セッションに
持ってきて頂くことがある、と先日書きましたが、
この方の場合も、私が何も言わずとも、
途中から、その「チャイルド達」を
毎回、「連れて」きて、並べて置いてある状態で、
「一緒に」セッションを受けていらっしゃいました。

そして、ゆっくりゆっくりご自分のペースで、
時に何か月も間隔が空いても、
途中で、産休(!)が入っても、
焦ることなく、ただ、継続するという変わらぬ意識で、
じっくり進めて行きました。


私の行うインナーチャイルドセラピーでは、
「チャイルド」の数は限定せず、
むしろ「無数」にいるかもしれないという前提で、
一つの台詞につき一人、とか、
一つの凍りついた場面につき一人、とか、
一人一人を、別々の「声」を発している
チャイルドとして扱っていきます。

また、ハイヤーセルフに特定の姿かたちがないように、
チャイルド達も、自分の子供時代の姿を
していなくて構わないので、イメージとして出てくれば
どんな姿でも(アニメのキャラっぽかったり、
外国人だったり、異なる性別だったり、etc.)
出てきたい姿で現れた、という受け止め方で、
それをチャイルドとしてリスペクトするように
しています。

ですが、いわゆる【卒業】(区切り、節目、自立)の
感覚が近づいてくると、なぜか、実際の子供時代の
姿がリアルに感じられるようになる人が多く、
それまで、小さい時の写真は正視できない、とか
見たくない、と言っていたような人も、
しっかりと見つめることができたり、
違う視点で、まったく違う写真のように見えたり、
そこから子供の「声」で、新たなメッセージが
やってきたりすることがあります。

彼女の場合、本当に、現実の子供時代のチャイルド達と
数年間、しっかり見つめ合って、時にとても苦しかったであろう、
セッションに臨んでいらっしゃいました。
お仕事が、セラピストでチャネラーでもいらっしゃることを
考えると、これは本当に尊敬すべき、素晴らしいことです。

セッションで、何度か、「天と地を繋ぐ人」とか、
「大地の母」とか、過去生の一つなのか、
アフリカンマザーのような、子供をたくさん抱えて、
たくましく美しく豊かにたたずんでいるイメージが
来ていたのですが、その卒業式は、
私の側からの感じは、まさにそれそのものでした。

後程、彼女のことは再度ご紹介しますので、
まずは、ご本人の言葉と写真で、彼女がシェアしてくれた、
自分に誠実で正直なプロセスを共に感じてみて下さい。


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<ご本人のMixi日記より>
(許可を頂いて全文掲載。
途中の「※注」は、アムリタ映蓮の解説です)

4年間のインナーチャイルドセラピーが、
2012年3月31日、卒業という形で、ひとつの締めくくりを迎えた。

これで、私の内なるチャイルドの問題が
すべて解決したわけではなくて、これからも、
インナーチャイルド、アダルトチャイルドとの対話は、
一生をかけて続けていくのだけれど、
「セラピー中です」のゼッケン(※注)を
外す儀式という意味合いが大きく、
確かに、卒業というゼッケン外しの儀式以来、
この4年間とは違う感覚が押しよているのを味わっている。

(※注:「ゼッケン」とは、インナーチャイルドセラピーを始める、と
自分に宣言した時に、「私はインナーチャイルドセラピー中です」と
書かれた、目に見えないゼッケンを前と後ろにつけているつもりになって
日々、意識していてもらうもので、目に見えない次元の存在達への
宣言でもあり、非常に重要な意識。卒業式では、これをはずす儀式を
します。)



セラピーを始めたときは、すでに、
チャネリングの仕事をしていたのだけど、
セラピストから「もしかしたら、チャネラーの場合は、
チャネリングがしにくくなるかも・・・?」と言われていた。

それは困る!と慌てた記憶もあるけど、ひとまず、
自分内の宣言として、仕事でだけは支障がでない状態、
というのを意識して、セラピーに入った気がする。

それで、ひとまず、とくにチャネリングやリーディングには
問題はなかったけれど、 確かに、それまでの頭上に
広がっていくような、スピスピした感覚が落ち着いてきて、
どっしりと地に足がついてきた感覚があった。

それは、とても心地よかった。

肉体にある感じ。

4年間の中で、肉体にさらに深く入っていく機会が、
実生活においても、何度も与えられてきた。

妊娠や、お産、舌の手術、
子どもたちとの関わり…などなど。

これからも、それは、続いていくと思う。

それで、今、また、頭上にぱーっと、
何かが開いているのを感じている。

そして、そこへ、いつでもまた、
入っていける感じがしてる。

インナーチャイルドセラピーでは、今は、
卒業の儀式をあえてすることもなくなったらしい。

だけど、時々することがあって、それは、
その人にとって、必要な場合。


私の場合は、娘の卒園と絡んで、
自分が、幼稚園と大学という、最初と最後の学びの場で、
卒業という儀式を迎えていないことに気がついた。

なので、おそらく、その儀式が、私にとっては、
必要だったんだと思う。


卒業式では、それぞれに特別な何かを行う。

それが、ダンスでもいいし、歌でもいいし、何か、
自分にとっての表現の場が与えられる。

私にとってそれは、手紙の儀式だった。

4年前にセラピーを受けた当初に書いたのは、
私というインナーチャイルドにとっての親からの、
チャイルドたちへの手紙だった。

今度は、チャイルドたちから、私への手紙を書き、
披露するという儀式だった。

そう決めてから、私はずっと、その手紙の儀式は、
静粛に、とても感動的になされるものだとばかり思っていた。

例えば、夜子どもたちが寝静まってから、
その儀式のために選んだ便箋を取り出し、
瞑想を深めたのち、チャイルドたちと
コミュニケーションをとって、 筆を持つ。

そこには何が書かれるだろうか。

私は、どのようにその手紙を受け取るだろうか。

涙なくては語れないような何かが、
展開されるかもしれないな。。。と。

卒業式の当日、それを読み上げるという儀式は、
さらに、私に、感動を与えてくれるかもしれな、と。

そして、実のところ、3月末というと、
ちょうど娘の入学準備で忙しく、
とても慌ただしく過ごしていた。

お気に入りの便箋を買いに行くひまも持てず、
子どもたちが眠った後に、ゆっくりと時間を持つなんて
できないほど、 疲れていて、子どもと一緒に眠ってしまう毎日。

まあ、妊婦だからしょうがないけれど、
これも一つの「抵抗」なのかな・・・なんて、
思いながら、過ごしていた。

そして、とうとう、卒業式の前日。

なんにも用意はできていない。

引越しの片付けも終わっていないダンボール部屋に、
なんとなく入ってみた。

そこには、まだ、整理されていないファイルとか、
写真が適当に置かれている棚があった。

ふと見ると、子どもの頃の写真が出てきた。

確かにどれも、インチャイセラピーの過程で使った写真たち。

その隣には、いつか何かの写真をファイリングしようと
買っていたフォトブックが1冊。

なんか、できそう・・・わからないけど・・・
そんなワクワク感が湧き上がった。


その日の夜は、夫が早めに帰宅して、
久々に、一緒に、お笑い系の番組みながら、大笑い。

夫は食事をしながら、がははと笑い、
私は、その横で、写真の貼り付けをしながら、だははと笑う。

のりやハサミや、定規が、乱雑にテーブルの上に出されて、
気ままに、楽しく、工作をしていた。

あそこにあれがあったかもしれない、
これは、使えるかもしれない・・・と、
引き出しごと引っ張り出しては、ごそごそと、何かを探している。

子どもの頃、こういうことよくやってたなーと思いながら、
私の、卒業工作は出来上がっていった。

写真の横に、小さな袋。

この袋は、港北にあるフェアトレードのお店で買った、
インドの子どもたちの手製の袋。

インドの広告紙を使って作ったもので、とってもかわいい。

思えば、インドという私とは切っても切れない土地との関わり、
その場所の子どもたちのエネルギーが加わったことも、
決して偶然ではなかったと思う。

それを、写真の隣にはりつけて、中には、
メッセージカードをいれた。

メッセージは、インナーチャイルドたちの声を書くために、
左手で表記。

書きながら、その時の私は、「?」と思うような、
メッセージが続いた。

そして、決して真剣ではなく、ただ、その無意味な、
楽しい工作をする時間とは、 インナーチャイルドたちの領域の
ものだったのだと確信している。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ぱぱすき
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まますき
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ゆっくり のんびり
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ぶらぶら たのしくして
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わらったり
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おこったり
             

ばぶばぶしたり
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ぎゅーってしたり
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だっこされると あんしんする
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みんなで あそぶと たのしい
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かなしくても だいじょうぶ
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おはなは さくよ
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ただ それが しぜんのこと
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しんぱいは いらないの
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だって わたしは
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そのまま そこにいるだけで
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かわいくて
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けなげで じゅんすい
             

まっすぐに みつめる すなおな こころ
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ぱぱすき、って言葉も、
まますき、って言葉も、
私のその時の意識には、もちろん、なかった言葉。

でも、チャイルドたちはそう感じてるんだね。

ばぶばぶするって、なんだよーって、笑っちゃったけど、
うちの子たちを見ていると、
お姉ちゃんの方が、気ままにやってる
赤ちゃんのお世話ごっこに、
2歳の息子が付き合わされているとき、
最近ではやらなくなった「ばぶばぶ」口調に
なっているのを思い出した。

大人になってから、甘えることが必要って意識が
芽生えてきたのはもちろんなんだけど、
二歳児にとっても、あえて、ばぶばぶする表現って、
楽しいんだな、と。

赤ちゃん返りとは、また、ちがった表現方法で、
楽しみながらやってる二歳児を見ながら、興味深かった。

そして、一番印象深かったのは、
最後のフレーズ。

「まっすぐに みつめる すなおな こころ」

こころっていう表現を、最近しないなと気がついた。

とくにセラピーとかそういう領域の話ばかりしていると、
内側の世界は、マインドやら、感覚やら、感情やら、
反応やら、抵抗やらと・・・
いろいろと、言葉を使い分けているので、
こころ、っていう曖昧な表現をあえて
しなくなってしまうものだ。

だけど、ここでは、「こころ」って使いたかった。

思えば、「こころ」って言葉は、子どもの頃は、
自然に使っていた表現かもしれない。

私にとっては、この「こころ」という言葉が、
とても、すんなり、ハートに響いてきた。

そして、とても大きな気づきもあった。

私は、確かに、「まっすぐに みつめる すなおな こころ」
だったのだ。

自分を、そう捉えたことが、とても大きな気づきだった。

もしかしたら、私以外の他人は、私に、そんなものを
見出していたかもしれないなと思う。

だけど、私は、気がついていなかった。

私の中にあった、とっても大切なギフト。

それは、「まっすぐに みつめる すなおな こころ」

そのギフトを手にして、私は、
この肉体という神殿にありながら、
頭上へ、私の周囲へ、広がる、広い、広い世界に、
旅立っていくのだと確信した。

今、とても、大きくて、光り輝く世界が、私の前に広がっている。



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こんなプロセスを自ら通ることを選択したセラピストのセラピーは、
ますます【自愛→慈愛】に満ちた、奥深いものとなることでしょう。

また、私も受けたことがありますが、
ほうこちゃんのチャネリングは、
確かに、「まっすぐに みつめる すなおな こころ」 でないと
できないと思います。とても純粋です。


そして…

いま、湘南の海のそばで、心豊かに暮らす彼女に、
もうすぐ、3人目の赤ちゃんが誕生します。

もしかしたら、今日明日にでも生まれるかも…!
というタイミングです!

この大いなる変化の時代に、自らの変容に挑んだ、
偉大なる母性、おおらかで強く柔らかくたくましい女神が
また、新たな命を、この星に送り込んでくれます。

心から、ナマステ・・・

ありがとう。


ほうこちゃんのホームページ: 
   → スピリチュアル・ヒーリング UNEELEN ウニイレン


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